冬の瞳

 

  出立の朝は、 青空が広がっていた。

  仕度を終えたエリヤが外庭に出ると、 すでにアーウィンが鞍を着け終えた馬の側に立っていた。

  近寄ってくるエリヤを一瞥すると、 黙ったまますらりと馬にまたがる。

  エリヤも隣に用意された馬に乗ろうと、 馬番が差し出す手綱に手を伸ばした。

  と、

 「エリヤ様!」

  子供の甲高い声がエリヤの手を止めた。

  振り向くと、 ディドが目を見開いてエリヤと旅装された馬を交互に見ていた。

 「どこ行くの? やっと帰ってきたのに。」

  少年の問いにエリヤは困った顔をした。

 「……ディド、 すまない。 また出かけることになった。」

 「すぐに帰ってくる?」

  泣き出しそうに訊ねる少年に、 エリヤはすぐに応えを返すことが出来なかった。

  自分にもいつ帰れるのか、 またここに帰ってくることが出来るのかもわからなかったから。

  それでもこう応えるしかなかった。

 「……必ず帰ってくるから。」

 「本当?」

  念を押してくる少年にエリヤは安心させるように笑いかける。

 「エリヤ、 何をしている。」

  馬上からアーウィンがじれったそうに声をかけてきた。

 「……すぐ行く。」

  エリヤは少年の頭をぽんぽんと叩くと、 馬にまたがった。

  それを見て、 アーウィンが門の外へと馬の歩を進める。

  エリヤも後に続いた。

 「早く帰ってきてね!」

  背中にかかる声に振り向くと、 少年は泣き出しそうになりながらも一生懸命手を振っていた。

  その後ろには馬番やエリヤが昔から親しくしていた者達が数人、 心配そうにエリヤ達を

見送っていた。

  それを見るとエリヤは前に視線を戻した。

  そのまま黙ったまま、 数日前に戻ったばかりの城を後にした。






 「それで? まずはどこへ向かうつもりだ。」

  城を出てしばらくしてアーウィンがエリヤに尋ねてきた。

 「一番最近に死体が見つかった町に。 そこでユールらしき人間の足取りを探す。 宿や酒場

などを……」

  言いかけた言葉をアーウィンがさえぎった。

 「ユールじゃあないと何度言えばわかる。 それに酒場なぞあいつは生きていた頃も足を

踏み入れたことはなかった。 神官になろうとしていた奴がそんないかがわしいところに出入り

などするわけがないだろう。」

  お前とは違うんだ、 と冷たく言い放つ。

  エリヤは言葉を返すことも出来ず、 ただ黙って手綱を握り締めた。

  覚悟はしていたが、 アーウィンは旅の初めから辛辣な態度を崩さない。

  すべて誤解だと叫びたかった。

  現にアーウィンがエリヤの部屋に飛びこんできて探検をつきつけたあの時から、 何度も

訴えた。

  しかしアーウィンは頑なに耳を貸そうともしなかった。

  ユールの罠はそれほど巧妙に仕組まれたのだ。

  そして、 エリヤがユールを殺してしまったとき、 アーウィンの心は完全に凍ってしまった。

  エリヤにはどうすればいいのか、 どうしたら再びアーウィンが自分に笑いかけてくれるのか

わからず、 ただ途方にくれるばかりだった。

 「……ジェルダの町までは馬の足でも五日ほどかかる。 途中森を通らなければならない。

すまないが野営をすることになるが……」

 「心配は無用だ。 野営の一度や二度でおたおたするようなやわな体じゃない。 忘れたのか。

俺は田舎育ちだ。」

  エリヤの気遣いをぴしゃりとはねのけ、 アーウィンはさっさと馬の歩を進めていく。

  エリヤはその背をじっと見つめると、 気付かれぬようにそっとため息をついた。