冬の瞳

10

 

  エリヤが言ったとおり、 森に入ってしばらくすると陽が傾きはじめ、 辺りがだんだんと薄暗く

なってきた。

 「今日はこの辺りで休もう。 陽が落ちてしまう前に野営の準備をしないと。」

  木々が生い茂る森の中、 二人は黙々と馬の歩を進めていたが、 少し空き地のような場所に

出ると、 エリヤは馬の足を止めた。

  アーウィンもぐるりと辺りを見まわすと、 エリヤの言葉に異論はないのか黙って馬から降りた。

 「……薪を集めてくる。」

  馬の手綱を近くの木にくくりつけると、 アーウィンはさっさと森の中に消えていった。

  エリヤも手綱を木にくくると、 周辺で薪になりそうな木を集めた。

  慣れた手つきで火をおこし、 集めた木に移す。

  赤々と燃え出した火の側で、 馬から下ろした荷を開いた。

  中に入っていたパンと乾し肉、 チーズを取り出す。

  パンをナイフで切りかけたところに、 アーウィンが腕いっぱいに薪を抱えて戻ってきた。

  無言のまま簡素な食事をとる。

  エリヤは焚き火を挟んで正面に座るアーウィンが気になり、 食欲が沸かなかった。

  皮袋からワインをそそいだ杯を片手に、 ぼうっと焚き火の火を見つめる。

  そんなエリヤを尻目にさっさと食事を終えると、 アーウィンは剣の手入れを始めた。

  皮で丹念に剣の刃を研いでいく。

  それを見て、 エリヤも馬の背にくくりつけた袋から竪琴を取り出した。

  1年前、 国を出てからずっと側にあったものだ。

  ポロンポロン、 と何度か音を調整する。

  その音にアーウィンはふと顔を上げたが、 すぐにまた剣に目を戻した。

  エリヤはアーウィンの存在を心から閉め出すように、 自分の奏でる曲に没頭していった。

  そうでもしないと、 この場の重い雰囲気に耐えられそうになかったのだ。

  しばらく気の向くままに何曲か奏でつづけた。





  気がつくと、 焚き火の火が小さく燃え尽きそうだった。

  アーウィンはとみると、 いつのまにか荷物を枕に横になっていた。

  木を足し、 焚き火の火を大きくすると、 エリヤはアーウィンをじっと見つめた。

  寝るっている今なら、 何の遠慮もなく彼の顔を見ることができる。

  目を閉じ、 横になっている彼の姿を見ていると、 愛しさがこみ上げてくる。

  どれほど冷ややかな眼差しを向けられ、 冷淡な言葉を告げられても、 エリヤのアーウィンに

対する想いは薄れることはなかった。

  自分を嫌う彼の姿を見るのはつらい。

  しかし、 それでも彼の側でその存在を感じることは、 それ以上の喜びをエリヤにもたらした。

  いつか誤解がとける日がくるかもしれない。

  また自分に昔のような笑みを向けてくれるかもしれない。

  エリヤはかすかな希望の中で、 ひたすらアーウィンを愛し続けていた。

 



  エリヤが物思いにふけっていると、 アーウィンが寝返りを打った。

  その拍子に上掛け代わりにかけていたマントが体からすべり落ちた。

  エリヤはそれを見ると、 そっと傍らに近寄ってマントを彼の体に掛けなおそうとした。

  その手がふと腕に触れる。

  と、 アーウィンががばっと飛び起きた。

  エリヤの差し出した手に目をやると、 明らかに顔をしかめた。

 「アーウィン……」

  おもわずエリヤが声をかけたが、 アーウィンはその声をどう思ったのか、 みるみる嫌悪の

表情を浮かべた。

 「俺を誘うつもりだったのか? お前は少しの間も我慢できないんだな。 淫乱なやつ……!」

 「ちがう……っ 私はただっ」

  アーウィンの罵倒に、 エリヤは顔色を変えた。

  誤解を解こうとのばした手を、 乱暴に払いのけられる。

 「俺に触るなっ!」

  その声にエリヤの体が強張った。

  アーウィンは苦々しげな顔で言葉を続けた。

 「いいか、 その汚らわしい手で二度と俺に触れるな。 俺を誘いこもうとしても無駄だ。」

  そう言うと、 傍らのマントを掴んで再び横になった。

  エリヤには背を向け……。

  その背中は全てを拒否しているようだった。

  エリヤは青ざめた顔のまま、 ふらふらと元の場所に戻った。

 




  その夜、 エリヤは一睡もすることが出来なかった。