冬の瞳

11

 

 

  次の日からの道のりはエリヤにとって苦痛そのものだった。

  エリヤを手ひどく突き放した夜からアーウィンはさらに態度を硬化させ、 その眼差しは

さらに冷ややかになった。

  もはや一言も口を利くこともなく、 ただ目線だけでエリヤを責め続ける。

  エリヤの一挙手一投足をまるで監視するように見ては、 侮蔑の視線を送る。

  エリヤはほんの少しの動作にも非難を受けている気がし、 居たたまれない気持ちになった。

  馬に乗るにも、 食事をとるにも冷たい視線を向けられ、 だんだんと神経が疲労していくのを

感じた。

  もう精神が限界に近づいたとき、 やっと目指すジェルダの町についた。






  ジェルダの町はそんな大きな町ではない。 せいぜい都の半分ほどの規模しかない。

  それでも町は活気にあふれ、 人々が賑やかに往来を行き来していた。

  エリヤ達はまず宿屋を探し、 荷物を下ろして馬を休めようとした。

  道行く人に尋ね、 一軒の宿屋を教えてもらう。

  ” 赤い猪亭 ” は町では一番大きい宿屋だった。

  一階は酒場になっており、 2階が宿泊部屋になっている。

  エリヤ達がでっぷり太った女将に部屋を訊ねると、 彼女はにこにこと二人を見て言った。

 「部屋なら空いてるよ。 二人おんなじ部屋でいいかい?」

 「あ……」

 「別々にしてくれ。 金ならちゃんと払う。」

  エリヤが答える前に、 アーウィンが強い口調で言った。

  その口調に強い拒絶を感じ取り、 エリヤはこれ以上痛むことはないだろうと思っていた

心がまたしくりと新たに痛むのを覚えた。

  さっさと教えられた自分の部屋に上がっていくアーウィンを切ない目で見送る。

  疲れた様子のエリヤに、 女将が気遣うように声をかけた。

 「なんだか遠いところから来たようだね。 あんただいぶ疲れているじゃないか。 何か

食べるかい? うちは料理も自慢でね、 今日は豚肉と野菜のワイン煮込みがオススメだよ。」

 「ありがとう。 じゃあ荷物を置いてくるのでそれをお願いします。」

  エリヤは女将にそう返すと感謝の笑みを浮かべた。






  荷物を部屋に置いたエリヤは、 下に降りようとしてふと立ち止まった。

  隣の部屋のドアを見つめる。

  アーウィンは部屋に入ったまま出てこない。

  食事はどうするのだろうか。

  声をかけようかとドアをノックしかけてやめた。

  自分が誘っても出ては来ないだろう。

  旅の途中の野宿の時ならいざ知らず、 こんな町中でまで一緒に食事をすることなど厭うに

決まっている。

  彼なら自分の好きなときに食べに降りるだろう。

  そう思い、 エリヤは結局一人食事をとることにした。






  女将の自慢どおり、 料理はとてもおいしかった。

  エリヤはオススメの煮込み料理をつつきながら、 ワインで喉を潤おした。

  もう夕暮れどきとあって、 店の中は仕事帰りの男達でいっぱいだった。

  顔見知り同士なのだろう、 陽気にしゃべり笑いながら酒をあおる姿があちらこちらで

見られる。

  城の連中なら顔をしかめただろう店の騒がしい様子にも、 エリヤはもうすっかり慣れていた。

  城を出ていた1年の間、 エリヤはこのようなところで竪琴を弾いたり、 歌を歌ったりと

吟遊詩人のようなことをしながら旅していたのだ。

  今も傍らには竪琴が置いてある。

  持ち歩くのがくせになってしまっているのだ。

 「よお、 綺麗な兄ちゃん。 あんた詩人かい? なんか一曲弾いてくれよ。」

  その竪琴に酒場にいた男の一人が気がついた。

  エリヤの端麗な姿に顔をにやつかせる。

  その顔は酒に酔って真っ赤だった。

  エリヤは男の自分の全身を舐めるような視線にも動揺することなく、 にっこり笑って

竪琴を手に取った。

  このような時には変に逆らうよりも相手の言うとおりにした方がいいと分かっていた。

  酔っ払い相手は今に始まったことではない。

  エリヤはちらりと女将の方を見る。

  女将は心配そうにこちらを見ていた。

  あの様子なら大丈夫。

  何かあれば助けを呼んでくれる。

  そう判断するとエリヤはおもむろに竪琴を爪弾きだした。