冬の瞳

 

  しばらく穏やかな日が続いていた。

  それからも時々宮廷に顔を出すユールとは、 今までどおり仲の良い従兄弟同士でありつづけ、 彼の

方でも何事も無かったように普通にエリヤ達に接していた。

  不穏な空気が漂い出したのは、 エリヤが17歳の誕生日を迎えた頃からだった。

  それまであくまでもエリヤに優しかったアーウィンの態度に、 ぎこちないものが見え始めた。

  表面上は今までと同じくエリヤに優しい恋人だったのだが、 時々エリヤを探るような目で見るように

なり、 どこかよそよそしさが感じられるようになった。

  不信に思ったエリヤがさりげなく尋ねても、 はっきりとした答えは返ってこない。 そして何かを確かめる

ようにエリヤを抱きしめては、 じっと考え込むのだ。

  そんな日が続き、 エリヤの不安がだんだんと募る頃、 アーウィンの態度にも変化が現れ出した。

  優しい恋人だったアーウィンが、 エリヤにきつい言葉を投げかけるようになった。 それと共に冷たい

態度をとるようになり、 エリヤとともに過ごす時間も短くなっていった。 そして一人城下に出ては、 派手に

女達と遊ぶ姿があちらこちらで噂されるようになった。

  いくら理由を問いただしても冷たくあしらわれるだけで、 エリヤは途方にくれるばかりだった。






  悩んだ末に、 エリヤは弟のユールなら何かわけを知っているのかもしれないと、 城外の森を抜けた所に

ある神殿にいる彼を訪れた。

  しかし彼も何も知らなかった。

 「エリヤ、 今は様子を見たほうがいい。 兄さんだってしばらくすれば落ち着いて君のところに戻ってくるさ。

僕の方でも兄さんに何があったのか、 それとなく尋ねてみる。 そんなに気を落とさないで。」

  落ち込むエリヤに、 ユールは優しい声で励ますように言った。

  「ありがとう。 ……そうだね、 アーウィンにも何か悩み事があるのかもしれない。 私にわけを話してくれる

ようになるのを待つよ。」

  そう気を取り直すように笑うと、 エリヤはユールに礼を言って神殿を出た。

  城に帰ろうと、 エリヤが森の中を一人馬を走らせていると、 突然彼の目の前に2、3人の男が飛び出して

来た。

 「! 誰だっ」

  驚いて後足立ちになる馬を静めながら、エリヤが誰何する。

  しかし男達は無言で彼に近づいてくると、 いきなり馬のたずなを掴みエリヤを地面に引き摺りおろした。

 「何をするっ。 やめろっ」

  必死で抗うが、 そんなエリヤの抵抗をものともせず、 男達は彼の四肢を抑えつけた。

  身動き取れない状態にされ、 エリヤがそれでもキッと男達を睨みつけると、 彼らはニヤニヤと笑いながら

顔を見合わせた。

 「えらく気の強い王子様だな。 見た目と大違いだ。 こりゃ楽しませてもらえそうだぜ。」

  男の一人がそう言うと、 他の二人がその言葉に反応したように、 エリヤの体を抑えつけたままあちら

こちら撫で回し始めた。

  男達の言葉と動きに、 エリヤはその目的を悟り青ざめた。

 「やめろっ はなせっ」

  なんとか彼らを振りほどこうともがくが、 三人の男はびくともしない。

 「おいおい、 そう暴れるな。 気持ち良くしてやろうってのによ。」

  抵抗するエリヤをあざ笑うかのように、 男達が次々と彼の服を毟り取るように剥いでいく。

  もうだめだ、 とエリヤは目の前が真っ暗になった。 と、 その時、

 「エリヤ様!? きさまら何をしているっ!!」

  一人黙って城を抜け出したエリヤに気付いた護衛の一人が、 森の中に彼を探しに来ていたのだ。

 「ちっ 邪魔が入った。 おい、 残念だが退散だ。……おっと忘れてた、 これを記念にもらっておくぜ。」

  慌てて駆け寄ってくる護衛の姿をみとめ、 男達はエリヤから身を離すと、 さっと森の奥へと走り去っ

ていった。

  「エリヤ様っ お怪我はっ?」

 「……大丈夫だ。 危ないところだったが助かった。」

  護衛に助けられながらのろのろと身を起こすと、 エリヤは剥ぎ取られた衣服をショックに震える手で

身に着けていった。

  帯ベルトを着けようとしてその手がふと止まる。

  帯にいつもつけていた、 アーウィンからもらった大切な短剣が無くなっていた。





  その後何日か過ぎ、 襲われたショックをようやく忘れかけた頃、 自室で本を読んでいたエリヤの元に

突然アーウィンが現れた。

  その顔は今まで見たことが無いほど厳しく、 そして怒りに青ざめいているようだった。

 「アーウィン? どうした、 何があった?」

  尋常でない彼の様子に、 エリヤが驚いて尋ねると、 アーウィンは無言のまま右手に持っていたものを

エリヤの目の前に突きつけた。

  それはあの日男達に奪われた短剣だった。

 「っ! これをどこで?」

 「それはこっちが聞きたい。 エリヤ、 これは俺がお前にやった短剣だ。 それがどうして他の男の手にあ

るんだ。」

 「他の男? 違うっ それは盗まれて……」

 「偽りを言うなっっ!!」

  エリヤの言葉を、 アーウィンが激しい口調でさえぎった。

 「今日城下に出かけてたまたま入った酒場で、 男がこれを持って自慢そうに話していたぞ。 ……懇意に

なった高貴な方にもらったとな。 ベッドの中での事も楽しそうにしゃべっていたぞ、 えらく詳しくな。」

 「嘘だっ 私はそんな男知らないっ それはどこの誰かわからない男達に盗まれたんだっ」

  思いがけない話に、 エリヤは真っ青になってアーウィンに訴えた。

  しかしそんなエリヤの様子を、 アーウィンは冷ややかな目で見つめていた。

 「見えすえた演技をするな。 どこの誰かもしれない男がどうしてお前のことを知っている。 しかもお前の

普段の癖や体のほくろの位置まで。 ……とんだ笑い者だな、 俺は。 そんな事も知らずずっとお前を信じ

ていたんだから。」

 「違うっ アーウィンっ」

  必死に訴えるが、 アーウィンは耳を貸そうともしない。

 「お前をたった一人の恋人だと信じている俺を、 お前は裏であざ笑っていたんだろう。 一体何人の男が

いるんだ? 他の男達と俺のことを枕話にでもしていたのか。 お前をそんな尻軽だと知らず、 せっせと

尽くしている間抜けだとでも。」

  次から次へと浴びせれる罵声に、 エリヤは頭が真っ白になり今にも倒れそうになった。

  そんなエリヤに、 なおも彼を罵る声が降り注ぐ。

 「俺は今までどんなことを言われてもお前を信じていた。 だが間違っていたようだな。 俺がばかだったよ。」

  最後にそう言い捨てると、 アーウィンは足高に部屋を去っていった。

  去っていくその姿はエリヤを完全に拒絶し、 そしてもう彼を振り向こうとはしなかった。