冬の瞳
           

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 城の自室に戻ったエリヤは、 一年振りにほっとした気分になった。 幼い頃より過ごしてきたこの部屋は

エリヤが一人くつろげる空間でもあったのだ。

  しかし寝椅子で疲れた体を休めながらも、 先程会ったアーウィンのことが頭の中から離れない。

 ”俺が同行するからには、 お前の好き勝手にはさせない。 いつもお前の行動を見張っていると思え”

  彼の言葉が頭の中に繰り返し響いている。

 アーウィンのエリヤへの憎しみは、 一年経って薄れるどころかますます激しくなっているようだった。

 「どうしてこんなことに……。」

  エリヤは両手で顔を蔽い、 力なくつぶやいた。




  あの神殿での出来事以来、 三人の間にはきしみが入るようになった。

  エリヤとアーウィンに向けられる祝福と羨望の眼差しの数々。

  自分達の周りの環境が目まぐるしく変化し、 戸惑うばかりの二人は、 ユールが少しづつ暗く無口に

なっていくのに気付かなかった。

  だから半年程経ったある日、 急にユールが神官になる勉強をするために神殿に入りたいと言い出した

時も、 一抹の寂しさを感じつつも笑顔で送り出したのだ。

  神殿に入ってしまったユールとは、 なかなか会うことが出来なくなったが、 顔を会わせたときはいつも

彼は陽気に笑いかけ、 以前と変わらぬ親しみを見せていた。 その本心を隠して。

  そして、 エリヤとアーウィンの間にも変化が訪れていた。

  ユールがいなくなったことで二人きりになり、 その空間を埋めるかようにより親密になっていった二人

だったが、 いつからかアーウィンの態度がよそよそしくなった。

  遠乗りなどにもエリヤを誘わなくなり、 城を空けることが多くなった。 帰って来てもエリヤとは顔を会わ

そうとしない。 話しかけてもそっけない返事が返ってくるだけ。

  とうとうそんなアーウィンの態度に我慢できなくなったエリヤが、 強引に問い詰めた時、 彼から返って

来た言葉は思いがけないものだった。




  その時のことを、 エリヤは今でもよく憶えている。

 「私が何か気に食わないことでもしたのか? あるならはっきり言ってくれ。 こんな中途半端な状態は

ごめんだ。」

 「何でもない、 エリヤの気のせいだろう。」

  ごまかすように笑うアーウィンに、 エリヤがついに怒って言った。

 「私が気付いてないとでもいうのか。 君は私の目を見て話さなくなった。 何もないというならちゃんと

私の目を見てくれ。」

  アーウィンの顔を両手で掴んで、 無理やり自分の顔に近づける。

  その時だった。

  目を見開いてエリヤの顔を凝視していたアーウィンは、 何かをこらえるように二度三度大きく深呼吸を

したが、 こらえきれなくなったかのように急にエリヤを抱きしめてきた。

 「ア、 アーウィン?」

  いきなり腕の中に抱き込まれたエリヤが、 何が起こったのかわからず戸惑っていると、 アーウィンが

彼に覆いかぶさるように口付けてきた。

  激しい口付けにエリヤは抵抗することも忘れ、 ただ呆然と彼のなすがままになっていた。

  長い時間の後、 アーウィンはやっと顔をあげた。

 「わかったろう、 俺が何故お前を避けたのか。」

  ぼうっとしたままのエリヤの顔をその手で優しくなで、 静かに言った。

 「このままお前の側にいると、 何をしでかすかわからない。 わかったら俺の近くには来るんじゃない。」

  そう言うと、 アーウィンは自嘲するかのように笑いエリヤに背を向けた。

  そのまま立ち去ろうとするアーウィンに、 エリヤが震える口を開く。

 「……アーウィン。 それだけか? 私にこんなことをしておいて、 そんな言葉だけで済むと思っているの

か。」

  「じゃあ! どうしろと? お前に惚れていると言えばお前は応えてくれるのか!」

  アーウィンがやけくそのように怒鳴った。

 「どうして私が応えないと思うんだ?」

 「え?」

  エリヤの言葉に、 アーウィンは一瞬呆けた顔になる。

  エリヤが苦笑混じりの声で続けた。

 「一体何年一緒にいると思ってる。 私はとっくの昔から君のことが好きだったよ。」

  その一言で、 彼らの関係は従兄弟同士から恋人へと変わった。

  恋人になったアーウィンはそれまで以上に優しくなった。

  王族でもある彼は、 その血筋からも、 彼自身の容姿からも宮廷の貴婦人から人気があった。 赤味が

かったブロンド、 澄んだ青い瞳、 すらりとした長身に端正な顔、 そして陽気で社交的な性格は人を惹き

つけてやまず、 彼の周りにはいつも人がいた。 当然彼に秋波を送る女性も数多くいた。

  しかし彼はそんな女性達に見向きもせず、 ひたすらエリヤだけを見ていた。

  エリヤとアーウィンは、 毎日のように城の中や外の人気のない場所で、 二人きりの幸せな時間を

過ごしていた。

  ユールがやってきたのも、 二人が人気のない庭で抱きあうようにキスしていた時だった。

  突然現れた彼に、 二人は驚いたように身を離した。

  ユールは自分の見たものが信じられないという顔をしていた。

 「兄さん……今エリヤと何を……。」

  兄とエリヤの顔を交互に見て、 ほとんど聞こえないような小さい声でつぶやく

  そんな弟の様子に、 アーウィンは覚悟を決めたように深いため息をついて言った。

 「見てのとおりだ。 俺とエリヤは恋人同士になった。 俺はエリヤを愛している。」

  目を横に流しエリヤを見ると、 彼もまた顔を真っ赤にして頷いた。

  ユールはしばらく黙ったままじっと二人を見ていたが、 不意ににっこりと笑うと口を開いて言った。

 「そう……そっか。 よかったじゃない、 両思いでさ。」

  まさか弟に祝福されるとは思っていなかったアーウィンは、 驚いたように言った。

 「いいのか? 俺達のこと、 認めてくれるのか。」

 「認めるも何も、 僕は昔から兄さんの味方だから。 もちろんエリヤもね。」

  明るく笑うユールに、 二人はほっとしたように顔を見合わせた。

  しかし明るく笑いながら、 ユールの目は暗い光りをたたえていた。