冬の瞳
           
   

 

 

  エリヤが初めてアーウィンと彼の弟ユールに会ったのは、 彼の7歳の誕生日の祝宴の時だった。

彼らの母は、 国の名門貴族ルトリック公に嫁いだエリヤの父カルナクル王の妹であり、 エリヤとアーウィン

達は従兄弟同士になるが、 公の領地で生まれ育ったアーウィン達はそれまで宮廷に出たことがなかった。

  父であるルトリック公に連れられて初めて宮廷に上がった時、 アーウィンは10歳、 ユールは6歳だった。

  エリヤは初めて会う従兄弟達とすぐに仲良くなった。

  特に3歳年上のアーウィンはとても大きく頼もしく感じ、 一人っ子だったエリヤは彼を兄のように慕った。

一つ下のユールも明るい金髪にアーウィンと同じ青い目をしていて目を見張るほどかわいらしく、 兄の

アーウィンを心から崇拝していて、 いつも後をついて回っていた。

  宮廷に住むようになった彼らとエリヤはいつも一緒だった。

  体の弱かったエリヤの母カルナクル王妃はほとんど部屋から出ることなく、 彼とも1日に一度それも

短い時間しか会うことが出来なかったので、 ずっと一人だったエリヤは朝になると彼らの部屋に行くように

なった。

  アーウィンもエリヤをもう一人の弟のようにかわいがった。 都から遠く離れた森や湖に囲まれた領地で

育った彼は、 宮廷内の窮屈な生活しか知らないエリヤを外に連れだし、 遠乗りや泳ぎなどを教えた。

  兄弟のように育った三人に変化が起こったのは、 エリヤが13歳のときだった。

  その日は都の外にある神殿で神官長から王家にまつわる歴史を聞く事になっていた。 もちろん王族の

血を引くアーウィン達も共に神殿に行った。

 そこで神官長の話しを聞いているうちに、 ひょんなことから王家に伝わる剣の話になった。 その剣は

何百年もの間その神殿内で代々の神官長によって厳重に保管され、 また清められてきた聖なる剣だった。

  言い伝えによるとその剣には闇を浄化する力があり、 扱えるのは王家の血を引くその中でも数名のみ

ということだった。 そして神官長は今の世に扱えるものは一人もいないと、 王でさえ剣の鞘を抜くことも出

来ないのだと言った。 そしてこの場で剣をお見せしようと。 王家の者にはその剣に触れる権利と義務があ

ると。

  エリヤはその鈍く光る剣を見た途端、 体が高揚するのを感じた。 神官長に差し出されるままそれに

手を触れる。 柄に手をやると、 ほとんど力を入れることなく鞘が外れ、 その刀身が姿を現わした。

 「おおっ」

  神官長が信じられないという顔で剣を手にするエリヤを凝視する。 その体はがたがたと震えていた。

  その様子を見たアーウィンが、 目を輝かせて、

 「エリヤ、 俺にも貸してみろ。 その剣面白そうだ。」

  と、 手を差し出した。 促されるままその手に剣を乗せる。

  アーウィンは一旦剣を鞘に収めると、 おもむろに鞘から引きぬいてみせた。

 「なんだ、 簡単に抜けるぞ。」

  神官長はもう卒倒しそうだった。

  伝説の剣を目の前で抜かれたのだ、 それも二人続けて。

  側に控えていた神官の一人が真っ青な顔で今にも倒れそうな神官長を支える。

 「急ぎ王に知らせを。 エリヤ様とアーウィン様が剣を抜かれた。」

  神官長が震える声で自分を支える神官に命じる。

  「かしこまりました。」

  神官長の命を受けた神官は、 別の神官に神官長を任せると足早に部屋を出ていった。

  「僕も僕もっ。」

  その時まだ剣に触れていなかったユールが叫んだ。 その声は期待に弾んでいる。

 「僕がまだ試していないよっ。 兄様、 その剣貸して。」

 「ああ。」

  無邪気に差し出す手に、 アーウィンは剣を置いてやった。

  嬉々としてユールが剣を鞘から抜こうとする。 が、 その顔が次の瞬間こわばった。

  先程簡単に鞘から抜けた剣が、 ぴくりともしないのだ。

  ユールは必死になって力をこめるが、 どんなにがんばっても抜くことが出来ない。

 「どうして……。」

 「ユール様ではだめだったということです。」

  神官長の言葉にユールはきっと振り返る。 が、 神官長は淡々とした口調で話を続けた。

 「もともとこちらのお二人が剣を抜かれたことの方が、 奇跡に近いのです。 今までにも多くの方が剣を

抜こうと試されましたが、 実際抜くことが出来たのはこの数百年の間に数えるほどしかおりません。」

 「でもどうしてだよっ。 どうして兄様とエリヤに出来て僕にできないんだっ。」

  必死に神官長に食い下がるユールの顔は、 ショックのあまりに青ざめ、 唇はわなわなと震えていた。

  自分の目の前で易々と剣を抜いて見せた二人。 二人に出来たことがどうして自分に出来ないのか。

  ユールにはどうしても納得がいかなかった。

 「ユール、 よせ。 仕方ないだろう。 お前には出来なかったのだから。 諦めろ。」

  アーウィンが見かねて口を出したが、 簡単に諦めることが出来ない。

  今まで何でも三人でやってきたのだ。 兄やエリヤが出来たことは皆自分にも出来た。 勉強も乗馬も

ダンスだって何だって一緒にやってきたのだ。 それなのにこんな剣を抜くという、 たったそれだけのことが

何故自分に出来ない。

  ユールは出来ない自分に屈辱と失望を、 また自分を認めてくれなかった剣に、 そして神殿の神に理不尽

なものを感じた。

  それから三人の間が、 少しづつ狂い出した。