冬の瞳
          

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  エリヤは突然聞こえた男の声にびくっとした。

  それはこの1年間忘れたくとも忘れられない声だった。

  内心の狼狽を押し隠し、 エリヤはゆっくりと後ろを振り返って男の顔を見ると、 男もまたエリヤをじっと

見つめていた。 しかしその瞳はひどく冷たいものだった。

 ”この淫売がっ! 俺を騙していたばかりか弟まで……っ”

  最後に投げつけられた言葉が耳によみがえってくる。

  男を見ていることができず思わずうつむくエリヤに、 男は蔑んだ眼差しを送ると玉座に向き直って言った。

 「これはどういうことですか。 この者は追放になった身のはずです。 それがのこのこと城に顔を出したばか

りか、 その罪を取り消すとは。 ましてや死んだはずの弟を殺せだの、 あなた方は弟を侮辱するおつもりか!

弟はもうとっくに死んでいる。 それもこの者に殺されたんだ。 これ以上弟の名誉を傷つけるような真似ては

やめてもらいたい。」

  男、 アーウィンはエリヤを指差し、 堂々と言い放った。

  アーウィンの言葉に、 サムザ候が言いにくそうに告げた。

 「アーウィン殿、 あなたが弟を庇いたい気持ちはわかります。 しかしユールが闇にその身を落としたこと

は間違いありません。 闇の世界に足を踏み入れること自体が罪、 ましてやその力で生きかえるなどあって

はならぬことです。」

 「弟を侮辱するなと言ったはずだ。 あのユールがそのような事をするはずがない。 あれのことは俺が一番

よく知っている。」

  アーウィンはじろりとサムザ候を見ると、 エリヤを指差し言った。

 「あなた方はこのエリヤ王子を助ける為に、 俺の弟を罪に落とそうとしている。 このたびの数々の事件も

本当の所どうなのか知れたものではない。 案外この者の罪を消すための茶番ではないのか。」

 「アーウィン殿! 言葉が過ぎますぞ!」

  重臣の一人バルナム伯が真っ青になって怒鳴った。

  「アーウィン殿、 いくらあなたが王の甥ご殿にあたるとはいえ許されることと許されないことがあります。

今の言葉訂正されよ。」

  サムザ候が険しい顔で言った。

  しかしアーウィンはひるむことなく、 国の重臣を見返した。

 「王の御前、 無礼を承知で言っている。 俺は弟の無実を信じている。 言を撤回するつもりはない。」

  重臣達と睨み合ったまま一歩も引こうとしない彼の様子に、 王が静かに口を開いた。

 「アーウィン、 そなたの言い分はわかった。 しかしあのユールが闇の手に落ちていることは間違いの

ない事実らしい。 我々はこのまま事態を放っておくわけにはいかぬ。 エリヤには1年前の責任も含めて

この件を任せることに決まったのだ。」

 「それならば俺にも同行の許可を。 この目で真実を確かめさせていただきたい。」

  アーウィンの思わぬ言葉に、 それまで黙って聞いていたエリヤがはっと顔を上げた。

 「……よかろう。 同行を許す。」

  王の言葉にアーウィンは深く頭を下げた。

  その厳しい横顔をエリヤは呆然と眺めていた。





 「……アーウィン。」

  王の前を退出して、 目の前を歩くアーウィンに恐る恐るエリヤは声をかけた。

  振り向く彼の目はやはり冷たく厳しかった。

  その冷たく冴えた眼差しで、 エリヤの銀に近いプラチナブロンドの髪、 灰色の瞳、 透き通るような白

い肌をした顔を見る。

 「あいかわらずだな。 その美しく優しげな顔でまた何人もの男を騙しているのか。」

  言葉の刃に、 何かを言おうとしたエリヤの舌が凍りつく。

 「言っておくが俺が旅に同行するからには、 お前の好き勝手にはさせない。 いつも俺がお前の行動を

見張っていると思え。」

  言い捨てて立ち去るアーウィンの後姿に、 エリヤは顔から血の気が下がるのを感じた。

 ”やはりアーウィンはいまだに私を許していない。 誤解したまま。”

  彼の蔑むような眼差しを思いだし、 エリヤは足元が崩れ落ちてしまうような感覚に襲われる。

  明日から二人で旅をすることになるのだ。 自分をあれほど蔑み憎んでいる彼と。 

  昔自分に向けられていた暖かく優しい眼差しを思いだし、 エリヤは口元を手で抑え嗚咽がもれそうに

なるのを必死にこらえていた。