冬の瞳        
           

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  カリナクルの城の参謀の間は、 重苦しい雰囲気に包まれていた。

  「王、 このままでは……。」

 「やはりエリヤ様を呼び戻すほか手はないかと。」

 「しかしあの方は咎人として国を追放された身だぞ。」

 「仕方あるまい。 あの剣を扱えるのはこの国でたった二人。 エリヤ様とあの……。」

 「彼はだめだ。 弟の無実をいまだに信じているのだぞ。 その弟を殺せと言えばどういうことになるか。」

 「ではやはり……。」

  ひそひそと話し合っていた重臣達が、 玉座に座る王を仰ぎ見た。

 カリナクル王はその視線を受けとめて、 ゆっくりと口を開いた。

 「……エリヤを、 王子を呼び戻すように。」






  エリヤは一年ぶりに自分の生まれ育った城に足を踏み入れた。

  見慣れた顔があちらこちらからエリヤの様子をうかがっている。 その顔には喜びと優しさがあふれていた。

 「エリヤ様!」

  柱の影から小さな影が飛び出して、 エリヤに飛びついた。

 「ディド! 大きくなったな。」

  満面に笑みを浮かべて自分を見あげるそばかすだらけの顔を、 エリヤは優しくなでた。

 「うん、 俺ずっと待ってたんだよ。 エリヤ様が帰ってくるの。 絶対エリヤ様は悪いことしてないって信じて

たから。」

  無邪気に告げるディドに、 エリヤは困ったように言った。

 「ディド、 私が悪いことをしたのは本当だ。 いくら仕方のないことだったとはいえ、してはいけないことを。

だから、 私が追放されたのは当然の罰なのだよ。」

 「でもエリヤ様はこうやって帰ってきたじゃない。 許してもらえたからでしょう?」

 「……それはこれからわかる。」

  自分にしがみつく少年の茶色の髪をなでていると、 奥からこの国の重臣の一人であるサムザ候が

出てくるのが見えた。

 「エリヤ様、 王が奥の間でお待ちです。 どうぞこちらへ。」

 「わかった。 今まいる。」

  エリヤは少年の体を優しく引き離すと、 促されるまま奥へと入っていった。




  奥の間ではこの国の重臣達が整然と並んで、 部屋に入ってくるエリヤを迎えた。 その奥の玉座には

エリヤの父であるカルナクル王が悠然と座っていた。

 「エリヤ、 よく戻ってきた。 元気そうでなによりだ。」

 「父上におかれましても、 ますますご健勝とのこと、 エリヤ嬉しく思います。」

 「うむ。」

  挨拶を述べながら、 エリヤは部屋にただよう重苦しい雰囲気にただならぬものを感じた。 どうやら

エリヤが帰国を許されたのは、 単純に罪を許されたからというわけではらしい。 何か重大な理由があり

そうだ。

  エリヤがかすかに繭を潜め考えていると、 王がおもむろに話し出した。

 「エリヤ、 そなたの罪はこの場をもって無かったものとする。」

  突然の言葉にエリヤは目を見開いた。

 「無かったこととはどういうことなのですか。 父上、 私があの時人を殺したということは確かな事実。

そのような言葉で簡単に消えるものでは……。」

 「その殺したはずの相手が、 生きているのだ。 いや正確に言うと生き返ったのだ。」

  思いもかけない話にエリヤガ絶句していると、 側に控えていたサムザ候が王の言葉を継いで言った。

 「三ヶ月ほど前のことです。 西の国境の街コムリドで相次いで変死体が見つかりました。 みな頭や手足

など体の一部分が欠けており、 損傷が激しいものでした。 その死体に不自然なものを感じた街の高官が

調べたところ死体のどれもに闇の術の跡があったそうです。 こちらへその報せが入った直後、 今度は南の

街べルナでも同じようなことが。 それから国中から相次いで同じ報せが入り、 我々が緊急に調べたところ

死んだはずのユールらしき人物の姿があちらこちらで目撃されているのです。」

 「闇の術……まさかユールが……!」

  話を聞いていたエリヤがはっとした。 サムザ候が険しい顔で頷く。

 「はい、 生前からユールには闇の力との関係が囁かれていました。 どうやらその力で蘇ったようです。」

 「なんてことを……あの力は忌むべきもの。 神殿内に固く封印されているはず。」

 「神官であった彼なら術を盗む機会があったのでしょう。 その資格も闇の力に手を染めたという噂が元で

剥奪されていますが。 噂は事実だったということです。」

  エリヤは幼馴染だった彼の幼い頃の顔を思い浮かべた。 そしてこの手で殺した時の血に染まった顔を。

  それと共に冷たく凍る青い瞳が脳裏に浮かぶ。

 「エリヤ、 そなたに命じる。 大罪人ユールを捕らえよ。 捕らえることが出来ぬ場合はセーナの剣による

死を。 ……剣をこれへ。」

  闇を封じる剣の名を聞き、 エリヤは父の顔を見上げた。

 「この国でこの剣を扱うことが出来るのは、 そなたとアーウィンのただ二人。 闇の力によって生き返った

ユールにはこの剣でしか死を与えることが出来ない。 これであの者を。」

  静かに差し出される剣をエリヤはじっと見つめた。

  神殿の最高神官達によって何百年にも渡って清められてきた剣。 この剣は何故か幼い頃よりエリヤと

ユールの兄アーウィンの手でしか鞘から抜くことが出来なかった。

  エリヤが剣を手に取ろうとした時、

 「お待ちください。」

  部屋の扉がバンと開き、 一人の男がつかつかと玉座に近寄ってきた。