冬の瞳
38
パンッパンッパンッ! 静まり返った部屋の中に、 突然と拍手が響いた。 ユールの遺体を見下ろして茫然としていたアーウィンがその音にはっと顔を上げる。 見ると、 オーティスセレンがにこやかな顔で拍手していた。 「さすがですね。 エリヤ殿を見事守られたわけだ。 ご自分の弟君をその手で屠って……いや、 そちらの 言い分では闇から浄化した、 のでしょうか」 「貴様………っ」 何事もなかったかのように平然と話すオーティスセレンに、 アーウィンが殺気立つ。 セーナの剣を握る手に力がこもったのを見たのか、 オーティスセレンは笑みを深くした。 「やれやれ、 短気な方だ………私は感想を述べただけですよ。 あなたの活躍は見事だったと」 「黙れっ!!」 アーウィンは激昂した。 「貴様が……貴様さえユールを闇に引きこまなければ……ユールをあのような姿にしなければ……っ」 「心外ですね。 私はただユール殿の望みを叶えて差し上げただけですよ。 アーウィン殿、 あなたの目を 自分に向けたいという」 「その為にエリヤまでっ」 「仕方ありません、 ユール殿がエリヤ殿の体を所望されたのですから。 エリヤ殿となって全てのものを手に 入れたいと………私としてはどうでもよかったのですが。 ああ、エリヤ殿の魂を手に入れることが出来なかった のは至極残念ですがね」 「貴様……っ ユールを……ユールをなんだと思っているっ!」 アーウィンは先ほどオーティスセレンが自らはほとんど動かなかったことに気付いていた。 ユールが倒されるときも、 ただその様子を眺めていただけだったのだ。 「ユール………彼は私の最高傑作でしたよ。 あの死体のつぎはぎとは思えない体の美しさ、 闇の術の完成度の 高さ、 あれほど見事に闇の力が素晴らしくかたどられたものはなかなか造れないでしょうね……それはとても 残念です。 あのゆがんだ性格もなかなか私の好みでしたが……」 「オー…ティスセレン……っ!」 アーウィンは怒りのあまり目の前が真っ赤になるのを覚えた。 平然と話す彼の姿には、 ユールや仲間が死んだことに対する哀悼の一欠けらも見えない。 ただ自分の玩具が壊れたことを残念がる様子しかなかった。 こいつだけは許せない……っ アーウィンの剣を握った腕に力がこもる。 「おっと………そろそろ退出した方が良さそうですね。 これ以上はお邪魔のようだ」 「待てっ 貴様……っ」 肩をすくめて出口に向かおうとするオーティスセレンにアーウィンが切りかかろうとする。 「いいのですか? エリヤ殿………早く医師に見せないと危険な状態ですよ」 その言葉にアーウィンの動きが止まる。 「だいぶ血を失っていますし、 他の怪我もあります。 精神的にもだいぶ参っていることでしょうね。 何しろユールは 彼を痛めつけることに容赦なかったですから。 これ以上手当てが遅れると危ないのでは?」 アーウィンはさっとエリヤの方を振り返った。 「エリヤっ!」 エリヤは先ほど倒れた場所でピクリとも動かず横たわっていた。 アーウィンは身を翻すと彼の元へ駆け寄った。 抱き上げると、 すでに気を失ってしまっている。 その顔色は白く、 呼吸も浅い。 「エリヤ……っ!」 一刻の猶予もないと、 アーウィンはエリヤをその腕に抱き上げた。 出口の方を振り返ると、 いつのまにかオーティスセレンの姿は消えていた。 いつか必ず………っ アーウィンはぎりっと歯を食い締めた。 腕の中に目を落とす。 ぐったりと自分に持たれかかるエリヤの姿に愛しさがこみ上げる。 それと同時に苦しみも湧きあがってきた。 腕の中のエリヤはあまりにも細く弱々しかった。 その体を苛立ちのまま蹂躙した時の記憶が甦る。 どうしてあれほどエリヤを酷く責めることができたのか。 じっと哀しげに自分を見つめていたエリヤの目を思い出す。 自分が残酷な言葉を投げつけるたびに、 エリヤは傷ついた顔をしながらも黙ってそれを受けとめていた。 どんなに酷い言葉を浴びせようと、 どんなに手荒にその体を抱こうとただじっと耐えていた。 どれほど彼を傷つけてしまったのか……それもいわれのない罪のせいで。 簡単に讒言に乗った自分にどうしようもない憤りを感じる。 「エリヤ……」 意識のない白い頬にそっと口付ける。 唇に口付けようとして、 自分にその資格がないことに気付く。 「エリヤ……愛してる……」 こみ上げる気持ちのままエリヤの体をぎゅっと抱きしめる。 そして気持ちを振り切るように顔を上げると、 出口に足を向けた。 部屋を出て行こうとして、 ふと背後を振り返る。 変わり果てた弟の無惨な姿に再度目をやる。 見つめるアーウィンの目に哀しみが浮かぶ。 「………さよならだ……ユール……今度こそ」 小さくつぶやくと、 そのまま足早に部屋を出ていった。
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