冬の瞳

 

37

 

 

 

  エリヤは夢を見ているのだと思った。

  自分を見つめるアーウィンの目には昨日までの冷たく拒絶するような光はなかった。

  強く熱く自分だけを見つめている。

  その腕はまるで全てのものから守るとでもいうように温かく力強く自分を抱きしめてくる。

  そしてアーウィンの口から零れた言葉。

  自分だけを愛しているとはっきり口にしたアーウィンに、 胸の奥が熱くなってくる。

  体は極限まで血を失い冷たく凍えるように寒いのに、 心の中には温かい何かが広がる。

  アーウィン………

  じっと自分を抱きしめる愛しい人の姿を見つめるエリヤの目に涙が浮かんだ。

  力の入らない震える手を必死に伸ばしてその頬に触れようとする。

 「いやだっ!!」

  ユールがそんな二人に怒りのこもった叫び声を上げた。

 「嫌だ嫌だ嫌だっ!!! 認めないっ! 兄さんは僕だけのものだっ!」

  憎悪のこもった目をエリヤに向ける。

 「エリヤなんかに渡さないっ! エリヤなんかに……っ!」

  つかつかと炭化し息絶えた男達の所に近づくと、 床に転がっていた剣に手をやる。

  くるりと二人の方を振り向いたユールの目は怒りと憎悪に燃えていた。

  手に持った剣の刃を二人に……エリヤに向ける。

 「………もうエリヤの体なんて要らない。 そんな憎らしい体、 僕がこの手でずたずたに引き裂いてやる」

 「ユールっ!」

  アーウィンがエリヤを庇うように前に立ちあがる。

 「やめろ、 ユールっ!」

 「退いてっ 兄さん。 ……退かないと兄さんも一緒に殺すよ?」

 「っ! ユール………」

  信じられない言葉にアーウィンは言葉を失った。

  ユールは禍禍しい笑みを浮かべて二人にゆっくりと近づいた。

 「それもいいかもね。 ………兄さんを殺して、 オーティスセレン様の闇の力で甦らせてもらう、 僕と同じように。

そうすれば兄さんは僕と一緒にいるしかなくなる。 もうエリヤのことなんか考えない、 僕だけを見るようになる」

 「………バカなことを言うな、 ユール……」

  あまりのことにアーウィンは青ざめながら憎悪に目を光らせる弟を見据えた。

 「オーティスセレン様、 兄さんの動き止めれる?」 

  ユールはアーウィンの言葉を無視して、 ずっと彼らの様子を黙って見ていた闇の大神官に尋ねた。

  絶世の美貌の大神官はユールの問いかけに優美に唇を引き上げる。

 「どうぞ。 ユール、 あなたの望みのままに」

  その白い腕をアーウィンに向けて差し出す。

 「っ!」

  その瞬間、 アーウィンの体が硬直した。

  アーウィンの顔に驚愕の色が浮かぶ。

  エリヤは目の前で突っ立ったまま動かなくなった恋人の姿に目を見開く。

 「何を……ユール……っ」

  必死に体に力をこめるが、 その足は縫い止められたように床から離れない。

 「無理だよ、 兄さん。 オーティスセレン様の力は強いんだから………」

  ユールはゆっくりと歩を進めた。

  手に持った剣をアーウィンに向かって振り上げる。

 「これで兄さんも僕と一緒だっ」

  アーウィンの目に鈍く光る刃が映った。

  それが彼に向かって振り下ろされる。

  ………が、

  刃がアーウィンに届くことはなかった。

  その直前に、 ア−ウィンは強い力でその場に引き倒されていた。

 「エリヤっ!!」

  アーウィンは自分に覆いかぶさるエリヤの姿に叫ぶ。

 「…う………」

  大きく肩で呼吸するエリヤの背に、 うっすらと血が斜めに盛りあがる。

  深くはないが、 ユールの凶刃を受けた傷がそこに出来ていた。

  そして、 何よりもエリヤ長く銀色に光る髪がばっさりと肩からなくなっていた。

  周りには切り落とされた髪の毛が散らばっていた。

 「エリヤっ! しっかりしろ!」

  エリヤに引き倒された衝撃で体の呪縛は解けていた。

  自由になった手でエリヤを引き起こそうとする。

  その時、 アーウィンの肩に鋭い痛みが走った。

  振りかえると、 ユールがぎらぎらとした目で二人を見ていた。

  その刃は二人の血で赤く濡れている。

 「ユール………」

  アーウィンは突き刺された右肩に手をやった。

  どくどくと流れる血が、 その傷が深いことを示している。

 「余計なことを………急がなくてもエリヤもちゃんと殺してやるのに」

  最後の力を振り絞ったため、 もう起きあがることも出来ず床にくず折れたまま息を切らすエリヤに

吐き捨てるように言う。

 そして、 再度アーウィンに向かって刃を向けた。

 「今度はちゃんとその心臓を刺してあげるよ」

 「ユール………」

  アーウィンは憎悪にゆがんだ弟の顔を苦悩に満ちた表情でじっと見つめると、 決心したように手にしたセーナの

剣の柄を握り直す。

 「僕を殺すの? 兄さん。 その剣で、 僕を殺せるの?」

  セーナの剣をかまえるアーウィンを見て、 ユールが目をすっと眇めた。

 「………それしか道がないのなら。 俺はもうそんなお前を見たくない。 闇に染まったお前を救うためなら……」

 「僕を殺せるっていうの?」

 「お前は………もう死んでいるんだ」

  思いを振りきるように、 アーウィンは言葉を搾り出すように言った。

 「………アー…ウィン……ダメだ……君がユールを、 弟を殺すなんて……」

  その時、 エリヤがかすかな声を出した。

  油断なくユールに剣を向けながら、 ちらりとエリヤを見下ろす。

  エリヤは必死に体を起こそうとしながら、 アーウィンを縋る目で見つめている。

 「………君がそんな……罪を犯すことは………私が……」

 「君が?! エリヤ、 そんな体で僕を殺そうって言うの?」

  エリヤの言葉を聞きとがめてユールがあざ笑う。

 「エリヤ、 いいんだ。 俺がやる………俺がやらなきゃならない。 弟をこんなふうにしてしまったのは兄の俺の

責任だ。 ………俺が片をつけなければ………」

  ユールはアーウィンの言葉に怒りの目を向ける。

 「本当に僕を殺す気なんだ………兄さんが僕を……っ」

  怒りのまま、 アーウィンに向かって足を踏み出し思いきり刃を突き出す。

  アーウィンは肩の傷から流れる血に滑る柄を握り直すと、 力の入らない右手に左手を添え、 ユールの刃を

剣で受けた。

  そのまま横に振り払うと、 返す手でユールの右腕に切りつける。

 「きゃあああっ!!」

  セーナの剣の触れた腕からみるみる右腕全体が黒く焦げていく。

  ユールの手から剣が落ちる。

 「いやっ いやああああっっ!!!」

  ブスブスと煙を上げながら炭化していく右腕を、 ユールは恐怖のこもった目で見つめた。

  なんとか広がりを食い止めようと左手で押さえるが、 その先から炭化した右腕は形をとどめておれず崩れていく。

 「あ…あ…あ…ああああ……っ!!」

  叫び声をあげ続けるユールに、 アーウィンは顔をゆがめながら剣をかまえ直す。

  そして、 恐怖と苦しみに床に崩れ落ちるユールに向かってその剣を振り下ろした。

 「ユール………っ」

 「っ!!!!!」

  胸に刃を受けたユールが絶叫を上げる。

  そしてその場に倒れ伏せ動かなくなる

  見る間に全身が黒く炭化していくユールをアーウィンはじっと見つめていた。

  その目には幾筋もの涙が流れていた。