冬の瞳

 

35

 

 

 

  その瞬間、 アーウィンにも何が起こったのかわからなかった。

  目の前で男が一言叫んでその場に崩れ落ちたのだ。

  見ている間に、 その男は黒く炭化していった。

  辺りに肉の焼け焦げる嫌な匂いが漂った。

  焼ける……

  アーウィンははっとして自分の腰を見た。

  そこにはセーナの剣がある。

  アーウィンは男がそれに触れたのだと気付いた。

  闇に属するもの全てを焼き尽くすという剣に。

  アーウィンを取り押さえていた他の男達も剣の存在に気付いたようだった。

  束縛していた力が弛む。

  その瞬間を逃さず、 アーウィンは強引に男たちの手を振り切ると、 まっすぐエリヤ達の元へ駆けていった。

  驚いたのはユールとオーティスセレンも一緒だった。

 「……どうやらしくじったようですね」

  完全に剣を始末しておけば……

  初めてオーティスセレンの優美な眉がひそめられた。

 「その者を捕らえなさいっ ユールの元へ行かせてはなりませんっ!」

  鋭い声でひるむ男達に命じた。

  その声に一度はひるんだ男達が再度アーウィンを捕らえようとする。

 「どけっ!」

  アーウィンはセーナの剣を右手に構えると、 行く手を阻もうとする男達の手を振り切ろうとした。

  彼の手に剣が握られたと見ると、 男達も腰に佩いた剣を引き抜いた。

 「ちょっとっ! 兄さんを傷つけないでよっ」

 「かまいません、 殺しさえしなければ後は何とでも。 取り押さえなさいっ」

  ユールの声とオーティスセレンの声が錯綜する。

 「オーティスセレン様っ」

  ユールが非難の声を上げる。

 「ユール、 あなたは早く術の完成をっ アーウィン殿のことは後ですっ」

  オーティスセレンがユールの側に足早にやって来て術の詠唱を始めた。

  その声にユールも一旦止まった動きを再開する。

  オーティスセレンの声に合わせて、 自分も詠唱する。

  台の上に置いてあったエリヤの血の入った杯を手に取り、 術に合わせてたらたらとエリヤの胸元に垂らしていく。

  半分ほど垂らすと残った血をユールはぐいっと飲み干した。

  血に濡れて光る唇で、 呪文をさらに唱えていく。









  エリヤは力の入らない体を何とか動かそうとしていた。

  オーティスセレンとユールの術を唱える声が聞こえる。

  その声を聞くうちにだんだんと自分の意識がかすれていくのを感じた。

  暗い闇の中に引きこまれそうになる意識を必死に保ちながら、 そろそろと台の上で右手を動かす。

  その手が固いものに触れた。

  先ほどユールが血を飲み干した後に置いた杯だった。

  それを掴むと、 エリヤは力を振り絞って自分を侵すものに殴りつけた。

 「……あうっ!」

  それは幸運なことにユールのこめかみに当たった。

  呪文が中断し、 ユールは自分の顔に手をやった。

 「よくも………っ」

  憎悪もあらわにユールがエリヤを睨みつける。

  はあはあと肩で息をしながら、 エリヤは再度腕を振り上げた。

  しかし今度はユールの手がそれをさえぎる。

  エリヤは渾身の力を込めてユールの腕を振り解こうとした。

 「この……っ いいかげん観念しろよっ」

  ユールがエリヤの腕を台に張りつけようとする。

  顔の真横に押さえつけるその腕にエリヤは思いきり噛みついた。

 「い……っ!」

  ユールが腕を押さえて飛び退る。

  その拍子にエリヤの体からユールが抜けていった。

  エリヤはなんとかその隙に体を反転すると、 台から這い下りようとした。

  力の入らない左手をぶらりと下げたまま、 右手と半分痺れた状態の下半身でずるりと台から落ちるように降りる。

 「逃がさないよっ」

  そこへユールがエリヤを捕らえようと腕を伸ばしてきた。

  必死に抵抗するエリヤと掴み合いなる。

 「オーティスセレン様っ 手を貸してっ」

  二人を黙って見ているだけの闇の大神官に、 ユールはじれったそうに叫んだ。

  しかしオーティスセレンは首を振るだけだった。

 「だめです、 ユール。 忘れたのですか。 術が始まってしまうと私はもうエリヤ殿に触れることも他の術を施すことも

できません。闇の力がより強い私にエリヤ殿の体が影響され、 あなたは入ることができなくなってしまう」

  ユールは悔しそうに舌打ちすると、 抵抗を続けるエリヤを憎々しげに見た。

  エリヤはなんとかユールの手を逃れようと力を振り絞っていた。

  痺れをきらしたユールがエリヤを殴りつけようと手を振り上げた。

  が、 その手は振り下ろされる前に、 横から伸びた腕にがしっと掴まれた。