冬の瞳

 

33

 

 

 

  やはり、 という思いと、 どうして、 という思いが心の中で交差する。

  自分のこの目で弟の生きている姿を見ても、 まだ信じられない気持ちだった。

 「ユール………本当に、 ユールか? どうして……何故お前が………」

  かすれた声で問いかけるアーウィンに、 ユールはちっと舌打ちをする。

  計算外だ。

  まさか兄がここに来るとは、 自分の姿を見られるとは考えていなかった。

  自分の下でぐったりとしているエリヤを見下ろす。

  もう少しでこの体を手に入れられたのに。

  また邪魔が入った。

  それも一番見られたくなかった相手に。

 「……オーティスセレン様っ」

  思わず側にいる人間に声をかける。

  この場を何とかして欲しかった。

  今更エリヤの体を諦めるなんて嫌だった。

  望むものがもう目の前だというのに……

  この綺麗な体も兄も、 この国さえも自分の物になるはずだったのに。

  歯軋りするユールに、 アーウィンの乱入にうろたえた様子もなくオーティスセレンはにこやかに話しかけた。

 「ユール、 かまいません。 続けなさい」

 「オーティスセレン様?」

 「あなたの大切なお兄様のことなら心配いりません。 記憶などいくらでも変えられます。 大切な儀式が終わる

までは少し静かにしていていただきますが、 その後はあなただけのものですよ」

  ユールの表情に余裕が戻る。

 「………何を言っている」

  二人のやり取りを聞いていたアーウィンが眉をひそめる。

  その目はずっとユールとエリヤに注がれていた。

 「ユールっ エリヤから離れろっ!」

 平然と自分の前にいる弟の姿に異質なものを感じながらも、 アーウィンはぐったりと身じろぎひとつしないエリヤ

のことが気にかかった。

  目は開いているが、 うつろに空を見つめるだけで自分に気付いた様子もない。

  果たして意識があるのかどうかも分からなかった。

  生きているのか……?

  今のアーウィンはエリヤにしか目が向いていなかった。

  ユールが生きていたことにショックを受けたことに間違いはない。

  今、 ここに存在しているということは、 図らずしもエリヤや城の連中の言葉が正しかったことを証明している。

  ユールが闇の手に染まっている事は疑いもないことだった。

  だが、 今はそんな弟の衝撃的な事実よりもエリヤのことが心配だった。

  一刻も早くこの手でエリヤの無事を確認したかった。

 「どけ……っ ユールっ 何をやっているっ こいつらを下がらせろっ!」

  わらわらと自分に近寄り、 進路をさえぎろうとする男達にアーウィンは怒声を上げた。

 「ダメだよ。 兄さん。 やっと会えたのにこんな形で残念だけど、 しばらくおとなしくしてて」

  後でゆっくりと会えるから。

  ユールはそう薄笑いを浮かべながら、 自分の役目を再開した。

  エリヤの体を突き上げながら、 まだ血の滴る左手を持ち上げ口元に持っていく。

  ペロリと傷口を舐めると、 強く吸い上げた。

  一瞬エリヤがピクリと動く。

  しかしその目は依然うつろなままだった。

 「エリヤ、 わかる? 兄さんがここに来ているよ。 ………君を助けにきたみたい。 残念だよね、 もう遅い」

  中を穿ちながら、 ユールは楽しそうに囁いた。

  自分を無視してエリヤの体をまた犯し始めるユールの姿に、 アーウィンは愕然とした表情を見せた。

 「ユールっ!!」

  二人の元へ行こうとするアーウィンに、 男達が行かせまいと体を拘束する。

 「離せっ! ユールっ エリヤっ エリヤっ!!」

 「無駄ですよ。 アーウィン殿。 その者達は私の配下の中でも屈強な者ばかり。 あなたの力では無理です。

おとなしく術の完遂をご覧になってはいかがです」

 「術?」

  もがきながらも、 オーティスセレンの言葉に不穏なものを感じる。

 「何の……何の術だ。 エリヤをどうしようというんだ」

 「あなたの弟君がエリヤ殿の体を所望なのですよ。 だから私が力を貸して差し上げようと……」

 「エリヤの……体?」

  とっさに意味が掴めない。

 「ユールはエリヤ殿の体をのっとろうと……失礼、 自分の魂をエリヤ殿の体に移し変えようとしているのですよ。

自分がエリヤ殿に成り代わるつもりです」

 「………っ! 何だと……!」

  信じられない言葉にアーウィンは目を見開いた。

 「ユールはずっと以前からエリヤ殿に対して妬みの感情を持っていたようですね。 この国の王子という地位、

美しい容姿、 セーナの剣に選ばれたという名声、 ……そして何よりも最愛のあなたの心まで掴んだ」

 「バカな……ユールは弟だ」

 「ユールにとってはあなたは兄以上の存在だったのですよ。 それをよりによってエリヤ殿に奪われた……

我慢ならなかったのでしょうね。 初めて私がユールに会ったとき、 彼は体全身から暗い感情を漂わせて

いましたよ。 そして、 私の話に飛びついた………エリヤ殿の体を奪い取り、 彼に成り代わるという話に」

 「お前が……っ!」

  婉然と微笑みながら語るオーティスセレンを憤怒の表情で睨みつける。

 「ユールはエリヤ殿の体を、 私は闇の神への貢物として彼の清廉な魂をいただく。 話がまとまるのは

簡単でした」 

 「貴様………っ!!!」

  アーウィンはオーティスセレンに掴みかかろうとしたが、 彼の手の者達に体を拘束されていて叶わない。

 「離せ……っ! ……ユール……っ ユールっ!! 目を覚ませっ やめろっ!!!」

  男達の手を振り解こうともがきながら、 アーウィンはユールの名を叫んだ。