冬の瞳

 

31

 

 

 

  アーウィンはエリヤの声が聞こえたような気がして、 ふと顔を上げた。

 「エリヤ?」

  周りを見まわすが、 がらんとした部屋には人の気配すらない。

 「くそっ ここじゃあないのか?」

  アーウィンは死んだ宿屋の主人の言葉どおり、 町外れの神殿へとやって来た。

  しかし、 そこは完全な廃墟だった。

  半分崩れ落ちた石壁からは荒れた内部が見える。

  建物の中の部屋を一つ一つ見ていったが、 長年放置されたまま人が近寄った気配すらなかった。

  アーウィンの表情に焦りの色が浮かぶ。

 「ここじゃないとしたら……どこだ? エリヤ、 どこにいる……」

  神殿の大広間に戻ってきたアーウィンは、 苛立ちを抑えきれない顔で辺りを見まわした。

  こうしている間にも、 エリヤの身に何か起こっているかもしれない。

  ざわざわと嫌な予感が胸の中に広がっていく。

 「エリヤ……」

  と、 その時目の端に何かの光るものが映った。

 「?!」

  それは広間の片隅の床から発していた。

  足早に近寄ったアーウィンは、 それが床に敷き詰められた石の隙間から漏れている事に気付いた。

 「これは……」

  ためしに床石を一つ剥がしてみる。

  それは簡単に外れた。

  その下から鉄の取っ手が現われる。

 「ここか……っ」

  力任せに引っ張ると、 床の一部がぽっかりと開いた。

  その下から下方に続く階段が現われた。

  光は階段の下の方から見える。

  アーウィンは急いで階段を下りていった。

  途中で光の根源を見つける。

  それはアーウィンも知っているものだった。

 「……セーナの剣……? どうしてこんなところに……」

  エリヤが持っているはずのそれにアーウィンの表情が厳しいものになる。

  傍らには黒く炭化した人の死体があった。

 「闇のものか?」

  セーナの剣は闇に属するものが触れるとその光で身を焼き尽くしてしまう。

  おそらく、 この者はここまで剣を運んできたものの力尽きたのだろう。

  アーウィンは光る剣をそっと拾いあげると、 鞘を左手に握り締めた。

  アーウィンの手に触れると同時に剣から光が消える。

  じっと光を失った剣を見つめた。

  ここにこの剣があるということは、 エリヤがこの下にいる事を意味していた。

  そして、 大切な剣をその身から離したということは……

 「エリヤ……」

  アーウィンは唇をかみ締めると、 下方に続く階段の先を急いだ。









  暗い部屋の中を獣のような息遣いが満ちていた。

  オーティスセレンの後、 何人の男がエリヤの体を貪ったのだろう。

  アーウィン……

  今も自分にのしかかる男に体を揺さぶられながら、 エリヤはぼんやりと空を見つめていた。

  心の中にあるのはアーウィンの名前だけだった。

  ただその名を呼びつづけていた。

 「エリヤ、 皆君の体に夢中だよ。 もっともっと汚してもらいな。 もっと堕ちて汚れてくれないと

僕が君の体に入れない。」

  ユールはエリヤの男達の体液に汚れた顔を嬉しそうに眺めながら囁いた。

  そして力なく台から落ちた左腕を手にとると、 持っていた短剣をその手首に滑らした。

  すーっと赤い筋が白い肌に浮き上がる。

  ぽたりぽたりと床に落ちる血の雫をうけるように杯を床に置いた。

 「安心して。 殺しはしない。 君の体を殺してしまったら意味ないものね。 今までと同じ死体を

もらってもまた次を探さなきゃいけなくなるし。 でもなるべく体を死に近づけないと僕の体と近く

ならないんだ。 大丈夫。 すぐに終わるさ。 君が男達にいい気持ちにしてもらっている間にね。」

  ユールが杯に落ちていく血を満足気に見つめる。

  エリヤは自分の命の雫が一滴一滴と流れ出していくのを、 うつろな目で見ていた。