冬の瞳

 

28

 

 



  …………くすくすと誰かの笑い声が聞こえる。

  エリヤはその声に誘われるかのようにゆっくりと意識を浮上させた。

  開いた目に映ったのはほの暗い空間に揺れる蝋燭の光だった。

  身体の下に硬い石の感触がする。

  はっとしたエリヤは飛び起きようとして身体が動かないことに気付いた。

  唯一動く顔を左右にめぐらし、 状況を把握しようとする。 

  どうやら薄い白い布を敷いた石の寝台のようなものに寝かされているようだった。

  身につけていた剣などは全て奪われている。

  そうだ、 あの時セレン殿が……

  セレンが手を自分の顔の前にかざした途端に意識が薄れていったことを思い出す。

  どうして彼が……

  エリヤは何とか動けないかと必死に身体に力を入れようとした。

 「ああ、 気がついたんだ。」

  突然、 声がした。

  その声を聞いた途端、 エリヤの全身に衝撃が襲った。

  声のした方向に顔をめぐらす。

  想像した通りの顔がそこにあった。

 「…………ユール……」

  かすれた声で自分が殺したはずの青年の名を呼ぶ。

 「久しぶりだね、 エリヤ。 といっても君はもう二度と僕に会うことはないと思っていたよね。」

  ユールは横たわるエリヤの側に優雅な足取りで近寄った。

  エリヤの表情が硬く強張る。

 「ふふふ……だめだよ。 君の身体、 動かないだろう。 さっき眠っている君にしびれ薬をたっぷりプレゼントした

からね。 当分は無理。」

  顔色を変えるエリヤを楽しそうにユールは見下ろした。

 「1年前はせっかくの計画を台無しにしてもらったからね。 今度こそ間違いのないようにしなきゃ。」

 「まさか……」

  ユールの言葉にエリヤは彼の真意を悟った。

 「そうだよ。 諦めたと思ってた? まさか。」

  指先でエリヤの身体を撫でていく。

 「諦めるわけないじゃない。 今日こそ君の身体をいただくよ。 ほんと、 今度は失敗できないからね……

……僕のこの体もそう持ちそうにないし。」

 「持つ?」

 「あれ、 気付かなかった? あんなに僕のこと調べまわっていて。 この体は僕が殺した人達からもらった

ものだよ。 だって僕の体、 すぐに腐っちゃうんだし。 仕方ないよね、 死体なんだから。」

  みるみるエリヤの顔が蒼白になる。

 「……じゃあ、 あの殺人は……」

 「綺麗でしょう、 この体。 なにしろ闇の神官様が精魂込めて術を施してくださったんだもの。」

 「闇の……神官?」

 震える声で問う。

 「そうだよ。 エリヤも会ったでしょう? ……ああ、 彼、 ちゃんと自己紹介してなかったんだっけ。」

  ユールは面白そうに言いながら背後に腕を差し伸べた。

  その誘いにゆっくりと闇の中から現れたのは、 エリヤの知っている顔だった。

 「……っ!! セ、 レン……殿……」

 「手荒な招待で申し訳ありませんね。 改めてご挨拶を……闇の世界にたずさわる者達を統べております、

オーティスセレンと申します。」

  セレン……いや、 オーティスセレンは以前と変わらぬ笑みで、 優雅にエリヤにお辞儀をしてみせた。

 「そんな……」

  エリヤはあまりのことにただ呆然と弱々しく首を振るだけだった。

  そんなエリヤにユールはその青い瞳を光らせながら言った。

 「悲しむことはないよ。 すぐに何も感じなくなるから……だってもうすぐ君は死ぬんだから。」

 「ユール、 そう事を急いではいけませんよ。 術は完璧に行なってこそその価値があるのですから。」

  今にも剣を手に取りそうなユールに、 オーティスセレンはやんわりとした口調で言った。

 「だって、 もう待ちくたびれて……早くこの体を僕のものにしたくてさ。」

 「すぐには無理だと言ったでしょう。 今のあなたとエリヤ殿では術を施す上であまりにも障害がありすぎます。

まずはそれを……」

 「ああ、 そうだった……」

  オーティスセレンの言葉にユールの口元にゆがんだ笑みが浮かぶ。

  その笑みにぞっとしたものを感じ、 エリヤの背筋を冷たいものが走った。

  その目が何かを探すように辺りをさまよう。

 「あの剣を探しているの? 残念だね、 ここにはないよ。」

  ユールが見逃さずに言った。

 「あのいまいましい剣……セーナの剣だろう、 君が持っていたのって。 苦労したんだよ、 君から

あの剣を奪うの。 だって、 僕達闇の者にとってあれはとっても害になるものだからね。 ここから

持ち去るのに三人も犠牲にしちゃったよ。」

 「しかたありません。 私達にはあの剣に触ることはすなわち死を意味するのですから。 三人で

すんで良かったですよ。」

 「そう、 おかげで安心して事を進めることができる。 ゆっくりとね。」

  そう笑ったユールの目が光る。

  今から始まる残酷な宴を楽しむために。

  嬉しそうに……。