冬の瞳

 

27

 

 



 「……主人殿。 何か俺に隠していることがあるんじゃないか。」

  そう口にしてみると、 心の中の疑惑が確信に変わる。

  この主人は何かを知っている。

 「いっ いいえっ 私は何も……この間お話したことだけですっ」

  途端、 顔色を変えて必死に首を振る様子がますますおかしい。

  額に汗までかいている。

 「今日、 俺を呼び出した本当の目的はなんだ? 話があるなどと嘘を言って。」

 「う、 嘘など……」

 「偽りを言うな。 実際、 新しい話など一つもなかったじゃないか。 だらだらと意味のない話ばかりで……

どういうことだ。 言えっ」

 「そ、 そんな……私は何も……」

  主人は必死に否定しながらも、 その体は半分アーウィンから逃げかかっている。

  アーウィンは目を物騒に光らせると、 すらりと腰に佩いた剣を抜いた。

 「ひ……っ」

  ぴたりと眼前に突きつけられ、 主人が真っ青になる。

 「言え。 何を知っている? ……もしかして、 エリヤの居場所も知っているんじゃないか。」

 「しっ 知らないっ 知りませんっっ 私は何も……っ」

  がたがたと震えながらも主人は話そうとしない。

  ちっと舌打ちしたアーウィンは、 剣を握った手を少し動かした。

 「ひ、 いぃ……っ」

  すっと首筋に赤い筋が走った。

  主人の顔色がますます蒼白になる。

 「誰かに頼まれたのか? 俺をこちらに呼べと……そうだな?」

  主人の目に浮かんだものを見逃さず、 アーウィンは裏に誰か糸引く人物がいることを悟った。

 「もしかして……ユールか? あいつがここに来たのか?」

 「ちっ 違いますっ あの方ではありませんっ!」

  首筋に押し付けられた剣が皮膚に食い込む感触に、 主人が泣き出しそうになりながら叫んだ。

  その言葉で主人の元に誰かが訪れたことははっきりした。

 「あいつじゃない……? では誰なんだ。」

  てっきりユールが出てきたのだと思ったアーウィンは、 言葉を否定され眉をひそめた。

  他に自分達のことを知っている人間が思い浮かばない。

 「は、 初めての方ですっ その方が、 あなたをここに呼んでしばらく引きとめるようにと……っ

お願いですっ 私がこのことをしゃべったことは言わないで下さい……っ あ、 あの方は恐ろしい…

あの目は人間の目じゃない……闇のように黒くて、 残酷で……話したと知られたら、 わ、 私は

殺されてしまう……っ」

 「黒い目……?」

  とうとう泣き出しながら主人はアーウィンの足元に座りこんでしまった。

  頭を抱えながらもがたがたと全身を震わせている。

 「お、 お、 恐ろしく綺麗な……目も髪も吸いこまれそうなほど黒くて……」

 「まさか……」

  脳裏に浮かんだ人物にアーウィンは目を見開いた。

 「……セレン……?」

  エリヤと楽しそうに話していた人の良さそうな笑みを思い出す。

  どうして彼が……

 「……そいつがどちらに帰ったかわかるか。」

  エリヤは彼といるに違いない。

  アーウィンはすでにそう確信していた。

 「し、 知りませんっ ……たっ ただ、 町の中ではないと……」

 「何故だ。」

 「あの方が歩いていった方向には何もないからです……っ この通りのあちら側は町外れに向かうだけで

店も何も……あるのは今は使っていない崩れかけた神殿だけですっ」

 「神殿……だと?」

  アーウィンの目に驚愕の色が走る。

  ユールは闇の術で生き返った。

  ならば……

 「あいつ……セレンは闇の世界に関係あるのか? そしてユールはあいつと……」

  繋がりが、 見えたような気がした。

  アーウィンは踵をかえすと、 うずくまる主人をそのままに足早に宿を出ようとした。

  と、

 「……ぎゃっ!!!」

  背後で主人の悲鳴のようなものが聞こえた。

  声に驚いたアーウィンは振り向くと、 うずくまって震えていたはずの主人の姿が血まみれの肉の塊に

変わっていた。

  ズタズタに引き裂かれた体はまだ断末魔にぴくぴくと動いている。

  ほんの一瞬のことだった。

  アーウィンが背を向けたと同時ほどに主人は死体に変わっていた。

 「闇の……」

  変わり果てた主人の無惨な姿に、 アーウィンの口からうめくような声が漏れる。

  闇の術に間違いなかった。

  おそらく、 主人が誰かにこのことを話した時に術が発動するようにしてあったのだろう。

  そして、 その術を施した人物は……

  アーウィンは顔を固く強張らせると、 無言でその場を後にした。