冬の瞳
22
「エリヤ殿!」 宿に戻ったエリヤは自分の名を呼ぶ声に階段に足を掛けかけて振り返った。 見ると、 セレンが杯を片手に手を振っている。 見知った姿にエリヤは顔を綻ばせた。 「セレン殿……」 「やあ、 お元気そうで何よりです。 その後、 お加減はいかがですか?」 近寄ってきたエリヤにセレンは気遣わしげな顔を向けた。 「もう、 大丈夫です。 あのときは本当にありがとうございました。 セレン殿には二度も助けられて しまいましたね。」 そう礼を言うエリヤの背後から男達の騒がしい怒鳴り声が聞こえる。 「あいかわらず騒々しい男達です。 少しは静かに酒を楽しめないのでしょうかね。」 セレンは顔をしかめながら騒ぐ男達に目をやった。 「……よければ私の部屋で飲みましょうか。 女将にお酒と何か食事を運んでいただきましょう。」 エリヤは迷惑そうな顔をするセレンに微笑んで提案した。 「いいのですか?」 セレンはその言葉に嬉しそうに言った。 「お礼にもなりませんが、 ご馳走させていただきます。 ちゃんとお礼も言いたいですし、 あなたの話 はとても楽しいのでもっといろいろなことを教えていただきたい。」 「そんなことならお安いご用です。」 黒髪の美青年はそう明るく頷くと、 エリヤの後に続いて2階に上がっていった。
「そう言えば、 お連れの方はどうしました? おでかけですか?」 その問いに口元に杯を持っていった手が止まる。 「……ええ、 ちょっと……」 「もしかして、 何か弟さんの手がかりがつかめたのですか?」 セレンは先日の話を覚えていたのか、 ユールのことを持ち出した。 エリヤは別れ際のアーウィンの姿を思い出して、 そっと目を伏せた。 「……まだ行方はわかりませんが……」 「そうですか……早く見つかるとよろしいですね。 ああ、 そうだ。 よろしければ弟さんのことを 何か教えていただけませんか? 私もあちらこちらに行きますので、 もしそれらしい人がいれば お伝えできるかもしれない。」 セレンの提案にエリヤは困ったように首をかしげた。 にこにこと告げるセレンの優しい心遣いが痛いほどに伝わってくる。 しかしユールのことを言ってしまっていいものか迷いがある。 もしそのことでこの優しい人に迷惑がかかるかもしれないと思うと、 簡単に頷けない。 「ご親切はありがたいですが……」 「なに、 旅のついで、ですよ。 私もただ旅して回るだけじゃあつまらないですからね。 何か一つでも 目的があればはりが出ます。」 修行の旅だという学者の卵は、 自分の提案にかなり乗り気のようだった。 美しい顔を輝かせて言う青年に、 ついにはエリヤもユールの容貌を彼に教えていた。
話に夢中になっていた二人は、 突然開いた扉に驚いて目を向けた。 「……何をしている。」 アーウィンは楽しそうに向かい合って話をしていた二人を鋭い目で交互に見る。 「アーウィン……良かった、 帰ってきたんだな。」 エリヤは帰ってきたアーウィンの姿にほっとして彼に近寄った。 先ほどの打ちひしがれた彼の様子がずっと気になっていたのだ。 「……」 しかしアーウィンは近寄ってきたエリヤには目もくれず、 酒の杯を前に椅子に座っているセレンの 姿をじっと睨みつけていた。 その険しい視線にセレンは肩をすくめて立ちあがった。 「どうやらお連れの方は私がお嫌いのようですね。 さっさと退散することにしましょう。 ……エリヤ殿、 ご馳走様です。 楽しかったですよ。」 そう言って扉に向かって歩き出す。 「あ……セレン殿……」 申し訳なさそうにするエリヤにセレンは軽く頷くと、 足取りも軽く扉から出ていった。 「アーウィン、 大丈夫か?」 セレンの姿が消えると、 エリヤはすぐに目の前の男に目をやった。 気遣わしげに顔を仰ぎ見る。 しかしアーウィンは自分を見るエリヤの顔をじっと眺め、 何か逡巡している様子だった。 「アーウィン?」 エリヤはまた払いのけられないかと案じながら、 そっと手を差し伸べる。 と、 その手をぐいとつかまれた。 あっというまに腕の中に抱きこまれる。 「アーウィンっ」 「黙れ。」 驚くエリヤを軽々と抱き上げると、 そのままベッドに向かった。 腕に抱えたエリヤ共々ドサリとベッドに倒れこむように横たわる。 「ア、 アーウィン?」 問いかけるエリヤの声を無視するように、 アーウィンはただ黙々とエリヤの衣服を剥ぎ取っていった。 「あ、あ、あ……」 噛みつくように胸を強く吸われ、 エリヤの体がびくりと跳ねあがる。 その両手は忙しなくエリヤの体をまさぐる。 「あっ あ……ああ……アーウィン……」 どこかしがみつくように体を貪る彼の様子に、 エリヤはただ黙って彼の行為を受け入れる。 傷ついている彼の心が伝わってくるようだった。 「アーウィン……」 自分の中を貫く痛みにも、 エリヤは粛々とした気持ちで受けとめた。 その腕はアーウィンを包み込むかのようにどこか優しく彼の背中に回されていた。
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