冬の瞳

 

21

 

 

  ユールが確かに生きているのだという事実をつきつけられたアーウィンは、 さすがに動揺を隠せない

様子だった。

  ショックに青ざめ、 固く握り締められた手が震えている。

 「……じゃあ、 あいつは本当に……」

  体の奥から搾り出されたような声でつぶやく。

 「アーウィン……」

  思わず手を差し伸べるエリヤにも暗い目を向けるだけだった。

  宿を出た後もアーウィンは暗く思いつめた表情で自分の中に閉じこもっているようだった。

 「……アーウィン、 とりあえず宿に戻ろう。」

  エリヤはあまりに辛そうなアーウィンに宿で休むことを勧めた。

  ずっと信じていた弟の酷い裏切りを知ったのだ。

  今のアーウィンは信じるものを失ったショックに打ちのめされている。

  とにかく彼の傷ついた心を落ち着かせたかった。

  エリヤはアーウィンの苦しむ顔を見ていられず、 少しで彼の苦しみを取り除いてやりたい一心で

そっと彼の肩に手を置いた。

 「触るなっ!」

  肩に手が触れた瞬間、 アーウィンが激しい勢いでその手を振り払った。

 「アーウィン……」

 「俺に近寄るなっ ……一人にしてくれ。 今はお前の顔も見たくない。」

  険しい表情でエリヤを睨みつける。

  エリヤは誰も近づけようとしないアーウィンの姿にそれ以上何も言えず、 ただ黙ってその場を

立ち去るしかなかった。

  じっと地面を見据えるアーウィンの姿を何度も振りかえりながら。

  アーウィンは今まで信じていた事実が偽りだったことに、 自分の足元がざらざらと崩れ落ちていく

気分だった。

  どこへ行くともなくふらふらと歩きながら、 アーウィンの心の中は千々に乱れる。

  どうして……

  あのユールが何故闇の力などに……

  城の連中が言っていたことは本当だったのか?

  この町で、 今までに殺された人々の無残な様子を伝える声が耳に甦る。

  足を、 腕を、 内臓を……

  そんな惨いことをあのユールが行なったというのか。

 「嘘だ……」

  いつの間にかたどり着いた見知らぬ酒場でアーウィンは酒をあおっていた。

  何杯も強い酒をあおりながら、 それでも酔えきれず頭の芯は冴えている。

  ぼうっとした目で酒場から通りを歩く人々を眺める。

  この町にユールはいたのだ。

  生きて、 いや、 生き返ってこの町で暮らしていたのだ。

  その通りを歩いていたのかもしれない。

  今まで自分達が歩いた場所をあいつも歩いたのかもしれない。

  そして、 今もどこかで生きているのだ。

 「……どこにいる?」

  じっと通りを見ていたアーウィンの口から言葉が漏れる。

 「お前、 今どこにいるんだ?」

  兄さん、 と明るく呼ぶ声が聞こえる。

  昔のユールの幼い笑顔が脳裏に浮かんだ。

  その笑顔が青年のものに変わる。

 ”兄さん、 知ってる? エリヤが……”

  その口が心配そうにエリヤの不義を伝える……

  アーウィンははっとした。

  「エリヤ……」

  ではあのユールの言葉は何だったのだろう。

  本当にユールは事実を言っていたのか?

  信じていたユールの姿が嘘だと分かった今、 あのときの言葉が真実だったのか偽りだったのか

分からなくなっていた。

  それすら偽りだったとは考えたくない。

  しかし……

  アーウィンは手の中の杯が傾いて酒が零れて手を濡らすのにも気付かず、 ただ呆然と空を

見つめていた。