冬の瞳

 

20

 

 

 「ああ、 そんな風貌の青年だったな。」

  エリヤは男の言葉に隣の体が緊張するのを感じた。

 「……本当か?」

  アーウィンは低くかすれたような声で訊ねた。

  二人の前に立つ男はアーウィンの険しい顔に所在なさげにそわそわとしながら頷いた。

 「肩までの明るい金髪、 空みてえに明るい青色の目、 だろう。 そりゃあ天使さまみてえに

綺麗な顔していたから忘れっこねえよ。」

  手かがりが、 見つかった。

  ユールらしき人物を見たという情報が入ったのは、 この町に入ってから2週間ほど経った頃だった。

  手がかりが何も見つからないことに、 もうユールはこの町にはいないのだろうと考え出したときの

ことだった。

  この町の犠牲者が出た同じ頃、 ユールによく似た青年が町に滞在していたことがわかった。

  目の前にいる男の宿に泊まっていたというのだ。

 「宿に入ってきた瞬間にこりゃあどっかの貴族様だなって思ったよ。 服装は……そうだな、

結構いいもの着てたな、 袖や襟にこうひらひらっとしたレースがついててさ。」

  それを聞いたエリヤは眉をひそめた。

 「……変だな。」

  その言葉にアーウィンがエリヤの方に顔を向けた。

 「ユールはどこでそんな高価なものをそろえるお金を手に入れたのだろう。 死んだはずの彼に

知り合いを訪ねることは出来ないし、 ましてや城内やお前の……」

  そう言いかけてアーウィンの顔を見る。

  アーウィンは険しい顔でエリヤを見つめた。

 「俺が何かしたとでも言うのか?」

 「違うっ そうではなくて……」

  首を振って否定するエリヤにアーウィンは苦々しげに言った。

 「まだユールと決まったわけではない。 ……そうだ、 あいつがそんな……」

  エリヤは険しい顔でそう言うアーウィンに何か今までと違うものを感じた。

  ……そうだ、 彼はユールが生き返ったことを否定しなかった。

  アーウィンの心の中が少し変わってきている?

  エリヤはここしばらく彼が自分を抱いていないことにも戸惑いを感じていた。

  それまでは毎晩のようにエリヤを責めたてていた彼が、 あのエリヤが倒れた日からぷっつりと

部屋に来なくなったのだ。

  エリヤを蔑む言葉にもどこか力がない。

  そしてなによりもエリヤをじっと見つめることが多くなった。

  その何か問いかけるような目にエリヤは困惑の色を隠せない。

  時々ふいに向けられる視線の中に昔の頃のような熱い情熱を見たような気がして、 胸がドキドキ

と高鳴る。

  もしかしたら、 という思いがこみ上がる。

  しかしそう期待するにはエリヤの心は傷つき疲れきっていた。

  もうこれ以上失望して傷つくのは嫌だった。

  エリヤは心の奥に点るかすかな光を見ないように目を背けていた。

 「ああっ そうだっ」

  物思いにふけっていたエリヤを男の声が現実に引き戻す。

  男は何かを思い出したように手を打つと、 慌てたように部屋の隅の小さな棚に向かった。

 「その青年が出て行くときにいただいたものがあったんですよ。 宿賃の代りだといってえらい

大層なものをぽいとくださったんですがね。 あんまり高価なものなんで金に換えるに換えれなくて

そのままここに突っ込んでたんですよ。」

  そう言って男が棚の中から取り出したのは一つの指輪だった。

 「それは……っ」

  その指輪を見てアーウィンが目を見開いた。

  エリヤも指輪に目を向け、 あっ、と声を出した。

  男の手元で光っているのは大きな青い石のついた金の指輪だった。

 「あれは……」

  見覚えのあるそれにエリヤは声がかすれる。

  アーウィンが信じられないといった顔で呆然とつぶやいた。

 「……ユールのものだ。 あいつの17歳の誕生日に父上が贈ったものだ……」