冬の瞳

 

18

 

 

 

  意識を取り戻したとき、 エリヤは宿の自分の部屋のベッドに寝かされていた。

  あれからだいぶ経ったのだろう。

  窓の外は薄暗くなっていた。

  ゆっくりとベッドに上に起きあがったエリヤは、 体がずいぶん楽になっている事に気付いた。

  見ると、 ベッドの傍らの台に何やら薬や水の入った器が置かれていた。

  誰かが看病してくれた?

  エリヤはふとアーウィンの顔を思い浮かべた。

  まさか……

  そう思いながらも、 気を失う直前アーウィンの腕に抱かれていた記憶が忘れられない。

  ぼんやりと考えていたエリヤは大きな泣き声にはっと我に返った。

  窓の外を見ると、 すぐ前の路地で小さな子供が頭を抱えてうずくまっていた。

  側には少し年上らしき子供が心配そうにおろおろと立っている。

  怪我でもしたのだろうか?

  気になったエリヤはしばらく様子を見ていたが、 子供は一向に泣き止む様子がない。

  通りかかった大人達は皆急ぎ足で通りを歩いていて、 子供達に足を止めようとしない。

  どうにも放っておけず、 エリヤはベッドを下りて部屋の外へと歩いていった。








  部屋の扉を開けたアーウィンは、 ベッドにいるはずのエリヤの姿がないことに気付き

眉をひそめた。

 少し部屋を空けただけだった。

  階下にいる女将に何か軽い食事を頼み、 そしてちょっと話をしただけだ。

  その時に渡されたものに目を落とし、 アーウィンは困惑の表情を浮かべた。

 「どこに行った……?」

  空っぽのベッドを見てつぶやく。

  まだ体が本調子ではないはずだ。

  気を失ったエリヤを抱いてこの宿に帰ってきたときのことを思い出す。

  真っ青な顔をしたエリヤを抱き上げたとき、 そのあまりの軽さに驚いた。

  改めてエリヤの顔を見ると、 城を出た時とは比べようがほどにやつれた表情をしていた。

  あきらかに毎晩自分が強いる行為のせいだろう。

  アーウィンの心にふと憐憫の情が湧いた。

  腕に抱く細い体に、 昔の優しい思い出がよみがえる。

  腕の中で幸せそうに笑っていたエリヤ。

  ……あれは全て嘘だったのだ。

  記憶とともに捨てたはずだったエリヤへの想いを思い出しかけたアーウィンは、 弟の

無残な死を思い出すことによってその思いを再び忘れようとした。

  首を振って思いを振りきると、 アーウィンはエリヤを探すために部屋を出ていった。

  宿を出てどこに行こうかと考えたとき、 どこからかエリヤの声が聞こえた。

  声のする方をたどっていくと、 宿の脇の狭い路地でエリヤの姿を見つけた。

  こんなところで何を……

  エリヤの姿を見つけた途端に自分の中に沸き起こった安堵に似た感情にうろたえた

アーウィンは、 それに反発するかのようにことさら苛立ちを覚えた。

  足早にエリヤに近づき咎めようとして、 エリヤの影に隠れていた二つの小さい姿に

気付いた。

  とっさに口をつぐみ、 足を止める。

 「さあ、 もう大丈夫だ。 ……こんなところで遊んでいては危ないよ。 気をつけてもう

お帰り。」

  優しく諭すようなエリヤの声が聞こえる。

  よく見ると小さい方の子供はどこか怪我をしているのか、 服に点々と赤いしみがついていた。

 「お兄ちゃん、 ありがとう。」

  大きいほうの子供がにっこりとエリヤに礼を言う。

 「君も偉かったね。 怖かっただろう、 こんなに血がたくさん出ていたのに、よく逃げ出さずに

この子の側にいたね。」

 「だって俺お兄ちゃんだもん。」

 「そうだね、 偉いね。」

  胸を張って言う子供の頭をエリヤは優しくなでた。

 「さあ、 早く家にお帰り。」

  そう促がすと、 その子は小さい子供の手をしっかりと握って歩いていった。

 





  その場にたたずんで子供達を見送っていたエリヤは、 宿に戻ろうとして振りかえり

そこにアーウィンの姿を認めて驚いた。

  いつからそこにいたのだろう。

  黙って宿を出た自分に怒って後を追って宿を出たのだろうか。

  また厳しい言葉をなげられるのかと身構えたエリヤだったが、 アーウィンはじっと

立ったまま何も言わない。

 「……アーウィン?」

  そっと声をかけると、 はっとしたような顔をしてふいと体の向きを変えた。

  そのまま宿に向かって歩きながら一言エリヤに言葉をかける。

 「……黙って部屋を抜け出すな。」

 「すまない。 怪我をした子供を窓から見つけて……」

  そう謝ると、 アーウィンは何も言わずに宿に入っていった。

  エリヤは後に続きながら、 先程ふと見たアーウィンの表情を思い出していた。

  ぼんやりと何かを考え、 その目には困惑の色があふれていた。

  どうして彼はあんな顔をしたのだろうか。

  エリヤにはアーウィンの表情の意味が分からなかった。

  しかし背を向けるアーウィンにどうしたと問うこともできず、 ただ黙っていた。

  そしてしばらくするとそんなちょっとした出来事自体、 記憶のどこかにいってしまった。