冬の瞳

 

16

 

 

 「どうされました、 こんなところで。」

  セレンはぼうっと立つエリヤに親しげに話しかけてきた。

 「……セレン殿。」

  エリヤは知った顔にほっとした笑顔を見せた。

 「先日はとんでもないところを……あの後も連れが失礼な……」

  もう一度あのときの礼を言い、 そしてアーウィンの非礼を詫びた。

 「ああ、 たいしたことはしていませんよ。」

  セレンはにこにこと笑うだけで、 先日のアーウィンの乱暴な言動を気にする様子もない。

 「いままでいろいろ体験していますからね。 あれぐらいどうってことないですよ。」

  そうおどけた調子で言ってエリヤの緊張をほぐそうとする。

  エリヤもセレンの屈託のない様子に表情を和らげた。

 「ところでどこかへ行かれるところでしたか? 何か探しているようでしたが。」

 「連れとはぐれてしまって……」

  問われるまま、 苦笑しながら答える。

 「ああ、 先日の……。 う〜ん、 こんな人ごみじゃあなあ……探しようが…」

  周りを見まわすと確かにすごい人ごみだった。

  ちょうどエリヤたちがいる場所は町の中心地なのか、 少し広場になった場所はたくさんの

出店が並び市場のようになっていて、 大勢の人々が集まり買い物をしたり食事をしたりして

賑やかに騒いでいる。

 「……見つからないと思って先に宿に帰っているかもしれません。 それともどこか別の

場所で何か調べて……」

 「調べる?」

  エリヤの言葉をセレンが聞きとがめる。

 「あ……いえ。 ちょっと人を探しているもので……」

 「ああ、 それでこの町へ……身内の方ですか?」

 「彼の弟を……」

  悪びれない彼の態度につられてエリヤもつい答えてしまう。

 「弟さんかあ、 そりゃあ心配でしょうねえ。」

 「ええ……」

  そう答えながらずきりと心が痛んだ。

  さっと周りの喧騒が遠くなる。

 「……っ! エリヤ殿っ?」

  名を呼ばれ、 自分が一瞬気を失いかけたことに気付く。

 「大丈夫ですか? 顔が真っ青だ。」

  セレンが心配そうに顔を覗きこんできた。

 「少し座っていたほうがいい。 ……待っていてください、 今水か何か……」

  エリヤを出店の脇の路地に連れていき、 壁に寄りかからせて座らせると、 エリヤが止める

間もなくもう一度広場の方に走っていった。

  仕方なく壁に寄りかかって大きく息をついた。

  そうすると体が疲れきっているが分かった。

  体中からじわじわと疲労が押し寄せてくる。

  エリヤは目を閉じてひんやりと冷たい壁の感触を味わっていた。

 「エリヤ殿? 大丈夫ですか?」

  頭上から気遣わしげな声がして重い頭を持ち上げると、 セレンが何か片手に持ってかがみ

込んでいた。

 「飲めますか? ただの果汁ですが。」

  そう言って口元に持ってきてくれたコップの中身を、 エリヤは促がされるままこくりと飲んだ。

  冷たくすっきりした甘さが喉を通っていく。

 「すみません、 またご迷惑を……」

  申し訳なさそうに詫びるエリヤにセレンは優しく微笑みかけた。

 「気にすることはありません。 さあ、 もう一口……」

 「エリヤ!!」

  セレンがエリヤの口にもう一度果汁の入ったコップを差し出そうとしたとき、 大きな声が

狭い路地を響き渡った。