sweet essence

 

 

                                                           




  お菓子作りって体力使うんだ。

  二人を手伝いはじめて、 健太はしみじみそう思った。

  足りない材料を買い出しに行って戻ってきた健太は、 まずチョコを細かく削るよう言われた。

  貢の隣で見よう見真似ではじめた健太だったが、 すぐにそれがしんどい作業だとわかった。

  固いチョコレートの板はなかなか思うように細かくなってくれない。

  むきになってチョコを手で押さえていると、 溶けてきてしまう。

  すごいなあ、 あんなに早くチョコが小さくなっていく。

  隣でリズミカルにナイフを扱う貢を健太は感心したように見てしまった。

 「こら、 さぼってんなよ。 さっさとやれ。」

  手が止まった健太に、 隣の台で材料の分量を計っていた淳平がすかさず突っ込む。

  健太は手元のチョコを見下ろすと、 はあっと小さくため息をついて作業に戻った。

  砕いたチョコを溶かし、 クリームや酒などと混ぜ合わせ、 台の上に広げて冷まし、丹念に練り上げて

いく。

  よどみなく作業を進めていく二人の姿を、 いつしか健太はぼうっと見とれていた。

  見る見る出来上がっていくお菓子の数々に、 尊敬の念さえ浮かんでくる。 

 「さて、 これで最後だな。」

 「やれやれ、 とんだ災難だったぜ。」

  オーブンからこんがりと焼きあがったチョコレートケーキを取り出しながら、 貢と淳平は笑みを浮かべた。

 「まったくお前の気まぐれのおかげで余分な時間使っちまった。」

  淳平はそう軽口を叩きながらも鋭くケーキに目を走らせ、 出来上がりのチェックに余念がない。

 「後はラッピングだな。」

  貢がそう言うと、 淳平はうえ〜という顔をした。

 「そうだ、 それが残っていた。 俺嫌いなんだよ、 リボンとか使うの。」

  台の上の50余りあるケーキやチョコを見渡して、 心底嫌そうに言う。

 「あの……箱に入れてリボン結ぶくらいなら俺できるよ。」

  健太がおずおずと言い出した。

  結局お菓子作りを手伝うと言いながら、 料理自体初心者以前の健太には最初のチョコレートを砕くこと

くらいしか出来ることがなく、 あとは邪魔にならないよう使い終わった道具を洗ったり、 離れたところで

二人の作業を見ているしかなかったのだ。

 「そうだな、 じゃあ頼もうか。 やり方は教えるから……淳平、 ということで帰っていいぞ。 彼が手伝って

くれるならそんなに時間かからないだろうし、 もとはといえば俺のせいで遅くなったんだからな。」

  健太の申し出に、 貢はちょっと考えるとそう言った。

  淳平は不信な目で健太をじっと見ていたが、 よほどラッピングが嫌いなのだろう、 結局貢の申し出を

受け入れた。

 「じゃあ、 任せる。 ……ドジするなよ。」

  最後の言葉は健太に向かって言われた。

  さっさと身支度を済ませ、 じゃあな、 と淳平は手を振って帰っていった。






 「さて、 と……じゃあ、 もうひと頑張りするかな。 そこの紙袋取ってくれる?」

  淳平が出て行くと、 貢は健太に向きなおってにっこりと言った。

 「うんっ」

  健太が袋を渡すと、 貢はその中から色とりどりのリボンや包装紙を取り出した。

 「冷めたお菓子から順に箱に入れて、 適当にこの中から選んでラッピングしてくれる?」

  そう言って、 あ、そうだ、 と何かに気付いたようにもう一つ袋の中から小さい紙袋を取り出した。

 「この中に依頼人のカードが入ってるから、 一緒につけておいてくれるかな。 こっちがケーキ依頼の分、

こっちがチョコ依頼の分ね。」

  貢は中に入っているカードを健太に示した。

  健太は貢の指示どおりにお菓子を箱に詰めながら、 ふと気になった事を言った。

 「このお菓子もらう人達って、 まさかもらったものがこうやって作られたなんて知らないんだよね。

見た目はいかにも手作りって感じだし、 きっとくれた子が作ったものだって思うんだろうね。

……それってなんか騙してるような気にならない?」

  健太の言葉に貢はちらりと彼を見て笑った。

 「どうして? 世の中の大半の女の子は今ごろデパートやケーキ店でチョコを買っているんだよ。 僕達に

依頼した女の子達も、 僕達のことを知らなければきっとどこかの店で高いチョコを買ってたはずだ。

結局一緒なんだよ。 ……もしそういうことにこだわる子なら、 最初から自分で作っていると思うよ。」

 「そういうもんかな。」

 「そういうもの。 もらう方は喜ぶかどうか分からないけどね。 手作りっていっても絶対おいしいって訳じゃ

ないだろうし。」

  貢の言葉に健太はう〜んと考えこむ。

  健太自身女の子からチョコをもらったことがないのでよくわからない。

  でも、 もし自分の為に一生懸命作ってくれたんだとしたら、 それだけでとても嬉しいと思う。

  もちろんおいしい方がもっと嬉しいが。

  そう言うと、 貢はちょっと目を見開いて優しく笑った。

 「健太君は素直ないい子だね。」

  誉められたのかどうか、 判断に迷いながらも赤くなりながら、 心の中であれ?と思った。

  俺、 名前言ったっけ?

  あれあれと健太が首をひねっている間に、 貢が最後のラッピングに取りかかった。

 「先輩はもらうならおいしい方がいいの? 手作りにこだわらない?」

 「う〜ん、 そうだね。 僕ならもらうよりあげる方がいいな。 せっかくこうやって料理の勉強してるんだしね。」

  それに僕の好きな子は、 お菓子がとても好きみたいだし。

  笑って言う貢の言葉に、 健太は胸がきゅっと締めつけられるような感じがした。

  貢が誰かにプレゼントを渡しているところを想像したのだ。

  きっと優しく微笑んでいるんだろう彼の姿を考えると、 何故だか悲しくなってしまった。

 「そっか……先輩好きな人いるんだ。」

  しょんぼりとつぶやく健太に気付かず、 貢が手に持ったリボンの端をハサミでちょきんと切る。

 「さあ、 出来た。 ありがとう、 おかげで助かったよ。」

  そう言って振り返った貢は、 健太のしょげた様子に首をかしげた。

 「健太君? 疲れた? もしかしてまたお腹すいたかな?」

 「ううん、 何でもない。」

  気遣う声にぶんぶんと首をふった。

 「よかった。 俺が食べちゃったせいで迷惑かけちゃったよね。 淳平先輩もすごく怒ってたし。」

 「ああ、 あいつは大丈夫。 明日になったら忘れてるよ。 帰る頃にはだいぶおさまってたしね。」

 「ならいいけど。」

  健太は貢に心配かけまいと無理に笑うと、 帰る準備をしようと動きはじめた。

 「遅くなっちゃったね。 先輩もお腹すいただろ? 早く帰らなきゃ。」

  落ち込んだ気分を振り払うように部屋の中を片付け出す健太を、 貢の声が呼びとめる。

 「健太君、 ちょっと待って。」