sweet essence

 

 






 「おいしい〜っ」

  大きく切り分けてくれたチョコレートケーキを一口ほおばって、 健太は歓声をあげた。

  見た目を裏切らず、 ケーキはとてもおいしかった。

  夢中でフォークを動かす健太の姿を、 青年は楽しそうに眺めた。

 「おいしそうに食べるねえ。」

 「だって本当においしいもん。」

  感心したように言う青年に、 健太はにこにこ笑いながら答えた。

  答えながらもその手は止まらない。

  あっというまに皿の上はからっぽになった。

 「もっと食べるかい?」

 「うん!」

  今度は健太も躊躇しなかった。

  おいしいケーキをご馳走してくれる青年にすっかり心を許していた。

  どれにする? と訊ねる声に、 今度は真っ白いケーキを選ぶ。

  白一色のシンプルなケーキは、 食べてみると中に甘酸っぱいイチゴクリームが詰まったホワイトチョコ

レートのケーキだった。

  こちらもとてもおいしい。

  健太はうながされるまま、 次から次へといろんなケーキを選んでいった。

 「ふう〜、 お腹いっぱい。」

  さすがにお腹が膨れて満足げにつぶやく健太の頬に、 青年の手が伸びてきた。

 「クリームがついてるよ。」

  そう言うと顔を寄せ、 頬についたチョコレートクリームをぺろりと舌ですくいとった。

  健太はポケッとその様子を見ていたが、 次の瞬間、 青年が何をしたのかがわかって真っ赤になった。

 「な、 舐めた……」

 「うん、 やっぱり甘いね。」

  頬を手で押さえて呆然とつぶやく健太に、 青年は悪びれる様子もない。

  そういやこの人って何者なんだ……。

  何の疑いもなくケーキをご馳走になっていた健太だったが、 今ごろになってそんな疑問が頭に浮かんだ。

 「あの……」

  改めて聞こうとしたとき、

 「あーーーーーーっ!!!!!」

  突然、 教室に大きな叫び声が響いた。

  びっくりして入り口を見ると、 茶色の髪をした青年が目を大きく見開いて立ち尽くしていた。

  彼は台の上の食べ散らかしたケーキの残骸を信じられないといった表情で見ると、 わなわなと震え出した。

 「やあ、 遅かったな、 淳平。」

  健太に今までケーキをご馳走してくれていた青年が、 にこやかに彼に話しかけた。

  と、 淳平と呼ばれた青年は、 きっと目尻を吊り上げて彼につかつかと近寄った。

 「これはどういうことだっ! 貢っ」

  噛み付かんばかりの勢いで青年に詰め寄る。

 「ああ、 彼にご馳走してたんだよ。 お腹すいてるって言うもんだから。」

  淳平の剣幕にもたじろぐ様子もなく、 貢は飄々と言ってのけた。

 「ご馳走……」

  淳平は一瞬絶句すると、 今度は健太の方を睨みつけてきた。

 「おい、 お前。」

  健太はドスの利いた声で呼ばれてびくっとした。

 「お前よくも食べてくれたもんだな。 それもこんなに……!」

  先程からのやり取りで、 自分がどうやら食べてはいけないものを食べてしまったのだと気付いた。

  しかし健太はそんなこと知らなかったのだ。

  貢という人はそんなこと一言も言わなかったし、 それどころか次々と勧めてさえくれた。

  しかし、 目の前の鬼のような形相の淳平にそう言う勇気もなく、 健太はただおろおろと淳平と貢を

見るだけだった。

 「その子に罪はないよ。 勧めたのは俺だから。」

  健太に今にも掴みかかりそうな様子の淳平に、 貢がにこやかに言った。

 「貢っ! てめえ何したかわかってんのかっ」

 「うん。 本当は余分に作ったケーキだけ食べさせるつもりだったんだけど、 あんまりおいしそうに食べるから

ついこれもこれもってね。」

  つられてあげちゃった。

  あははは、 と笑って言う貢に、 淳平は怒りも忘れてまじまじと彼の顔を見た。

  そのまま脱力してその場にしゃがみこむ。

 「それで、 どうする気だよ。 これ、 明日渡さなきゃならないんだぞ。 今朝からここに缶詰で作ったってのに。」

  はあっと髪をくしゃくしゃかき混ぜながらため息をつく。

  いまいち話が飲みこめない健太は、 恐る恐る貢を見上げた。

  その視線に気付いた貢が、 ああ、と健太に説明する。

 「実は俺達料理研究部ってのやっててね。」

 「り、 料理?」

 「そう、 まあ俗に言う家庭科部ってやつ? いろいろな料理を作ってるんだ。 といっても部員は俺達二人だけ

なんだけど。」

 「はあ……」

  料理研究部というものがこの学校にあることすら知らなかった健太は、 曖昧に返事するしかなかった。

  それでその部とこのケーキの山がどういう関係あるのだ?

  健太の疑問が顔に出ていたのだろう。

  貢がちらりとケーキとしゃがみこんだ淳平を見た。

 「これってあんまり学校内に知られてないんだけどね。」

  そう前置きして話す。

 「ここの部活動の一つに依頼注文っていうのがあるんだ。 簡単にいうと誰かの代わりに料理を作りますって

いうものなんだけどね。 料理を作って欲しい人が材料を持ちこむ。 俺達はそれを依頼どおりに料理するんだ。

それで、 明日ってバレンタインだろう。」

  そこまで聞くと、 健太にもどういうことなのかわかってきた。

 「俺、 もしかして依頼品を食べてしまったんだね。」

 「それもしこたまな。」

  健太の言葉に、 淳平が苦々しい声で答える。

 「どうしよう……」

  知らなかったとはいえ、 自分のやってしまったことに青ざめる。

 「大丈夫、 今から作れば明日までに間に合うよ。」

  だから心配しないで。

  泣き出しそうにある健太に、 貢が慰めるように笑う。

 「そうだ。 もとはといえばお前が考えなしなことするからだ。 責任持って作れよ。」

  淳平がぶすくれて言った。

 「お、 俺っ 俺も手伝うっ!」

  健太はとっさにそう言っていた。