sweet essence

 

   

          

   




   「おなか減ったよお……」

   田原健太はぐうぐう鳴るおなかを抱えて、 とぼとぼと歩いていた。

   放課後、 陸上部の練習が終わり、 家に帰る頃にはいつも我慢できないほどおなかがすいた。

   「う〜〜〜何か食べて帰りたい。」

    ラーメン、 ハンバーガー、 カレーライス、 スパゲティー、 ピザ、 カツ丼、 牛丼……

    頭の中を食べ物がぐるぐるまわり出す。

    でも途中何か食べようにも今月はもうお小遣いがピンチなのだ。

    家までの45分、 なんとか我慢しなければならない。

    しかしそう考えれば考えるほど家への道のりは果てしなく遠く思える。

   「だめだ、 おなかすき過ぎて死にそう……」

    育ち盛りの年頃はいくら食べても食べたりない。 ましてや部活で思う存分汗を流した後では

   空腹感もひとしおだ。

    しかし友達にたかろうにも、 すでに皆さっさと帰ってしまった後だった。

    今日部活に遅れた健太は罰として後片付けを命じられ、 一人帰るのが遅くなったのだ。

    家までもつだろうか、 と大げさなことを考えながら、 健太は家路を急いだ。

    が、 その足がふと止まった。

    くんくんと鼻をうごめかせる。

   「……なんかいい匂いがする。」

    どこからともなく漂ってきた甘い匂いに誘われて、 健太は校庭の奥の方へとふらふら歩いて

   いった。

    奥に行けば行くほど甘い匂いは強くなっていった。

   「ここだ。」

    健太が立ち止まったのは旧校舎の一角だった。

   「ここって、 たしか……」

    窓からそっと覗くと、 思った通り家庭科教室だった。

    そこで健太の目は教室の中の様子に釘付けになった。

   「すげ〜〜〜……」

    そこにあったのはお菓子の数々だった。

    おいしそうに飾られたケーキやチョコレートが調理台の上所狭しと並んでいる。

    見ている健太の口から思わずよだれが出そうになる。

   「おいしそう……」

    甘い匂いが健太の鼻をくすぐる。

    視覚と嗅覚を刺激され、 健太のお腹はうるさいほど食べ物を要求していた。

   「あんなにたくさんどうするんだろう。 誰が作ったのかな。」

    窓に顔を引っ付けて食い入るようにお菓子に見入る。

    と、 いきなり健太がへばりついていた窓に人影が映ったかと思うとがらりと開いた。

   「誰だい?」

    頭の上から声がした。

    あわてて健太が顔を上げると、 メガネをかけた優しそうな青年が健太を見下ろしていた。

   「あ……俺……」

    窓にへばりついていた自分が恥ずかしくなって思わず顔が赤くなる。

    あうあうと言い訳を捜して手をばたばたさせる健太をおかしそうに見ると、 その彼は

   おいでおいでと手招きした。

   「そんなところに立ってないで中に入っておいで。」

   「え?」

    きょとんとする健太にさらに破願して青年は中に入るよう促がした。       

   





   「うわ〜〜〜!」

    青年に促がされるまま教室に入った健太は、 感嘆の声を上げた。

    窓の外から見るよりももっとたくさんのお菓子が台一面に並べられていたのだ。

    よだれをたらさんばかりにお菓子を食い入るように見る健太に、 青年はおかしそうに

   訊ねた。

   「食べたい?」

    その言葉に健太はぱっと振り向いた。

    ぐう〜っ

    同時に腹の虫が大きく鳴った。

    恥ずかしさに真っ赤になる。

   「お腹すいてるんだ。」

    青年はくっくっくっと笑うと、 台の端に近寄ってケーキナイフを手にとった。

   「どれが食べたい?」

   「い、 いいのっ?」

    青年の言葉に健太の顔がぱっと輝いた。

    彼が何者なのか知らなかったが、 今の健太にはそんなことどうでもよかった。

    お菓子を食べさせてくれる親切な人。

    究極にお腹がすいていた健太にとってはそれだけが全てだった。