君に降る雪のように

 

  ピンポーン

  来客を報せるチャイムの音に、 信濃は目を覚ました。

  辺りはすでに薄暗く、 時計を見ると5時近かった。 ほぼ半日寝ていたことになる。

 「そういや、 原稿取りに来るって言ってたっけ。」

  あくびをかみ殺しながらベッドを下り、 はて、 と首をかしげる。

 「……何か忘れている気がする。 何だっけ……。」

  寝起きのボケボケの頭では上手く思い出せない。

 「ま、 いいか。」

  たいして気にせず、 信濃は客を出迎えようとドアに向かった。




  部屋を出ると、 部屋中に料理のいい匂いがただよっていた。

 「あれ?」

 「あ、 やっと起きた。」

  ぱちくりと目を瞬かせる信濃に、 キッチンに立って何やら作業をしていた少年が振り向いた。

 「キッチン借りてるよ。 腹減っちゃって。」

 「……ああ、 そっか。 朝お前拾ったんだった。」

  目の前に立つ少年の姿に、 今朝方の出来事を思い出す。

 「なんだ、 出て行かなかったのか、 お前。」

  あくびをしながらのんきに言う信濃に、 少年はなんとも言えない表情をした。

 「あんた、 のんきだなあ。 全然知らない俺を簡単に部屋の中放っておいて、 さっさと寝ちまうんだもん。

もし俺が金目のもの盗んで逃げたらどうするよ。」

 「別にいいじゃないか。 結局お前逃げなかったし、 金目のもの見つけたか?」

 「そんなことしねえよっ」

  憤慨したように言う少年に、 信濃が笑った。

 「ずいぶん威勢がよくなったな。 ……腹減った、 俺の分もある?」

  ソファに座りこんで信濃が食事を催促する。

 「あ、 ああ。 簡単なもんだけどいい?」

 「いいよ。 作ってくれただけありがたい。」

  嬉しそうに信濃が頷いた。

  まるで毎日続けている会話のように自然に話しかける信濃に、 少年の肩から力が抜ける。

 「あのさ……いいや、 飯ね。」

  何かを言いかけてやめた。 キッチンに向かい作業を再開する。

  ピンポーン ピンポーン、 ピンポーン!

  ソファに座ってぼうっと食事を待っていると、 またしてもチャイムが早く開けろというように連続して鳴った。

 「いけね。 忘れてた。」

  チャイムの音に飛び上がると、 信濃は急いでドアに向かった。

  鍵をあけてドアを開くと、 男が一人情けなさそうな顔をして立っていた。

 「信濃さ〜ん、 ひどいですよ。 僕、 もしかしたら信濃さん逃げ出したのかもって怖いこと考えちゃったじゃ

ないですか。 いるなら早く開けて下さいよ。」

  信濃の顔を見るなり、 男は愚痴を言い出した。

 「ごめんごめん。 ちょっと取りこんでいて。」

 「取りこみ? もしかして原稿出来てないとか?」

  男が引きつった声を出した。

 「ちがうちがう。 原稿はできてるよ。 取ってくるから中に入って待ってて。」

  信濃の後に続いて男はリビングダイニングに入ってくると、 見知らぬ少年の姿に目を見開いた。

 「信濃さん、 こちらは? 見たことないけど親戚の方とか?」

 「ああ……ええと、 そういや名前なんていうんだ?」

  信濃の言葉にさらに目を見開く。

 「甲斐。」

  料理をリビングのテーブルに運びながら、 少年がぶっきらぼうに言った。

 「へえ、 甲斐、ね。 俺は信濃だ。 ……甲斐と信濃か、 なんか歴史から飛び出したような組み合わせ

だな。 おもしろいね。」

 「しっ信濃さんっ どういうことですかっ まさかあなたも知らない人間がどうしてここにいるんですかっ」

  二人の会話に、 男が慌てたように信濃に食ってかかった。

 「まあまあ落ち着いて、 笹部さん。 血圧上がるよ。 そんなに興奮すると。」

 「ほうっといてくださいっ それより説明してくださいっ」

 「ん〜 簡単にいうと拾ったんだ、 今朝マンションの前に座ってるの見つけてさ。」

 「拾った〜っっ ?」

  男、 笹部が目を剥く。

 「信濃さん、 犬や猫じゃあるまいし、 そう簡単に人間拾わないでくださいよっ 君も君だよっ 甲斐君っ

ていったね。 お父さんやお母さん心配しているよ。 早く帰りなさいっ」

 「……仕方ねえだろ、 帰る家わかんねえんだからさ。」

  わめく笹部に甲斐がぼそっとつぶやく。

 「わからないって、 君ねえっ……」

 「笹部さん笹部さん。 甲斐もこう言ってるしさ、 ひとまずここはさ、」

 おなかすいたし、 飯食おうよ、 とのんびり笑う信濃に、 笹部は一瞬絶句しがっくりと肩を落とした。