君に降る雪のように

 

  寒い朝だった。

 「そろそろ雪になるかな。」

  信濃はどんよりと曇る空を見上げてつぶやいた。

  12月も半ばになると、 風も刺すような冷たさが増してくる。 いずれ降り出すだろう雨も、 この寒さでは

今年一番の雪に変わるかもしれない。

 「さて、 と……飯でも作るか。」

  う〜んと伸びをして深呼吸し、 朝一番の冷たい空気を肺に送り込む。 ぼんやりとした意識がしだいに

覚醒していくのを感じた。

  締めきりが迫っていた仕事も明け方にはめどがついた。 これでゆっくり眠れる。

 「その前に何か腹に入れておかないとね。」

  気分も軽く、 何を作ろうかと考えながら、 冷たい空気の入る窓を閉めかけ、 ふと手が止まった。

 「……あんなところに座って何してるんだ?」

  見ると、 信濃の住むマンションの部屋のちょうど真下、 植え込みのところに一人の少年が膝を

抱えてうずくまっていた。

 「あーあ、 寒いだろうに。 早くうちに帰れよ。」

  見るからに寒そうなその様子に、 信濃は体をぶるりと震わせた。

  そのまま窓を閉め、 食事の仕度を始めるが、 少年のことがどうにも気になって仕方がない。

  コーヒーメーカーをセットすると、 もう一度窓の外を覗く。

  少年は先程と同じ状態でうずくまったままだ。

 「風邪引くぞ、 あいつ……仕方ないな。」

  信濃はため息をつくと、 どうにも放っておけない自分の性格を恨みながら玄関に向かった。






 「おい、 風邪引くぞ。 こんなところで何しているんだ?」

  信濃の声に、 少年の肩がぴくりと動いた。

  のろのろと顔をあげ信濃の顔を見るが、 またすぐ膝に顔をうずめてしまう。

 「お前うちどこ? 早く帰ったほうがいいよ。 親が心配しているだろうし。」

 「……知らない。」

  信濃の問いかけに、 聞こえるか聞こえないかの小さな声が応えた。

 「え?  知らないってことないだろ、 自分の家だろ。」

 「わかんねえんだよっ どこにあるのかっ」

  少年はきっと顔をあげると苛立った声で言った。

 「何ばかなこと言ってんだ? お前。」

  自分の家がわからない年じゃないだろう、 と信濃が少年の姿を確認するように見た。

  セーターにジーンズとありふれた格好をしているが、 どう見ても中学生以上だ。

 「わかんないものはわかんないんだよっ」

  そう言うと少年は信濃の視線をさえぎるかのように、 また顔を膝にうずめてしまった。

  信濃はその少年を考えるように眺めていたが、 薄着のまま部屋を出てきたので、 だんだんと体が

冷えてきた。 ときおり吹く冷たい風に体温を奪われる。

 「おい、 とにかくこんなところに座り込むなよ。 ……仕方ない、 おいで。」

  どうにも寒さに耐えられなくなり、 といって少年をそのまま放っておくわけにもいかず、 信濃は彼の

腕をつかむとマンションの中に入っていった。

  少しは抵抗するかと思ったが、 少年は黙って信濃の引っ張るがままになっていた。






  部屋に戻ると辺り中にコーヒーのいい香りがただよっていた。

 「お、 いいタイミング。 ……ほら、 とりあえず飲んで。」

  煎れ立てのコーヒーをマグカップに注ぐと、 ミルクを加えて少年に渡す。

  自分にもコーヒーを入れると、 信濃はソファに腰を下ろした。

  少年はぼうっと手元のコーヒーを眺めたまま立っていた。

 「どうした、 座れよ。 あ…っとコーヒーはだめだったか? 飲めない?」

  相手がまだ子供なことに気付き、 信濃はしまったという顔をした。

  しかし少年は顔を横に振ると、 その場にあぐらをかいて座りこみコーヒーを口に含んだ。

  しばらく二人だまってコーヒーを飲んでいたが、 ふいに信濃が大きなあくびをした。

  「……だめだ、 限界。 悪いけど俺、 ちょっと寝るわ。 詳しいことは起きてからにしよう。」

  なんとか起きていようと目をこすったり首を回していたが、 とうとう睡魔に負けて信濃はふらふらと

立ちあがり、 奥の部屋へと歩いていった。

 「ああ、 何か食いたかったらキッチン好きに使っていいから。」

 「え、 ちょっと……。」

 そのまま部屋の中に消えていこうとする信濃に少年が驚いた顔で何か言いかけるが、 そんな彼の

前で部屋のドアがパタンと閉じられた。

  後には手にマグカップを持ったまま呆然と座りこむ少年が一人残された。