君に降る雪のように

10

 

  クリスマスのイルミネーションが、 辺りを眩しく照らし出していた。

 「すごいな、 新宿にこんな所できたんだ。 駅前もすっかり変わっちまってるし。」

  甲斐が感心したようにきらびやかな光の洪水を見る。

 「このクリスマスの飾りつけがされるようになったのは、 ここ数年のことだからね。」

  隣で信濃も眩しそうに目を細める。

 「へへ、 でもまさか信濃さんとイブ過ごせるなんて夢みたいだな。 1年前の俺にはこんなことになる

なんて想像もつかなかった。」

 「……俺もまさか14歳の子供と一緒に暮らすことになるなんて、 思いもつかなかったよ。」

  嬉しそうに自分を見る甲斐に、 信濃も微笑んで答える。

 「ちゃんとクリスマスディナーも予約したし、 今日は贅沢にいこう。 ご馳走食べてプレゼント買って。」

 「うん! 俺レストランでちゃんとしたディナーなんて初めて。 う〜楽しみ……んくしゅっ」

 「甲斐? 寒いの?」

  小さくくしゃみをする甲斐に、 信濃が心配そうな声を出した。

 「平気平気。 信濃さんに買ってもらったこのコート暖かいから大丈夫。」

  そう言って笑う甲斐は、 茶色のセーターの上からベージュのダウンコートに身を包んでいた。

  初めてコートを着た甲斐が、 「何これ、 あったかけえ!」 と、 びっくりした顔で喜んでいたのを

思い出す。

  一人思いだし笑いをする信濃に、 甲斐が気付いて近寄ってきた。

 「何、 信濃さん。 一人ニヤニヤして変だよ。」

 「ごめん。 ちょっとそのコート買った時のこと思い出してた。」

 「ふ〜ん。」

  納得していないような顔で甲斐は信濃を見ていたが、 おもむろに彼の手を取ってしっかりと

握り締めた。

 「甲斐?」

 「手繋いで行こう。 せっかくのクリスマスだからな。」

 「……みんなが見るよ。」

  そう言いながらも信濃は笑って強く握り返してきた。

 「いいじゃん、 別に。 見たい奴には見せれば……あ、 雪?」

  気がつくと、 雪がちらほらと降りはじめていた。

 「ほんとだ。 ……初雪だね。」

  信濃も空を見上げながら、 甲斐と出会った朝のことを思い出していた。

  あの日も朝から冷えこんでいて、 雪が降るだろうと思いながら窓の外を眺めていた。 そして甲斐を

見つけたのだ。

  あの日初雪が降ることはなかったが、 信濃のマンションには一人の少年が住み着くようになった。

 「……お前が俺のマンションに来て2週間か……。」

  まだ2週間、 それなのにもうずっと前から自分の側にいるような気がする。

 「……ねえ、 信濃さん。 雪って不思議だよね。 水がいつのまにか結晶になって俺達の所まで

降りてきて、 そしていつのまにか消えている。 でもまた次々と降ってくるんだ。 地面に落ちた雪も

水になって空に上って、 そしてまた雪になって俺達の所まで降りてくるのかな。」

 「甲斐?」

  突然静かな声で言い出した甲斐に、 信濃がなんだと首を向ける。

 「……もしさ、 もし俺が10年間に戻ることがあっても……俺、 絶対また信濃さんと会うから。 絶対

信濃さん見つけ出して、 そしてまた恋人になるんだ。」

  必ずだよ、 と笑って言う甲斐に、 信濃は何も言うことが出来ず、 ただうんと頷くだけだった。

 「あーあ、 今の俺、 一体今ごろ何してんだろうなあ。 信濃さんに会えなくてもったいねえの。 でも

会っちゃったらまずいか。 俺が二人になっちゃうもんな。 そうなったら信濃さん困るだろう。 恋人が

二人もいたら。」

  しんみりした空気を振り払うように、 ふざけたように問いかける甲斐に信濃もぷっと吹き出した。

 「どうだろうね。 両手に花でいいかも。」

 「花? 俺が?」

 「そろそろ行かないと、 ディナーの予約に遅れるよ。」

  う〜んと考え込む甲斐に、 信濃が急ごうとうながす。

  お互いしっかりと手を握り締めあったまま、 二人は街中を歩いていった。

  雪が静かに降りつづけていた。





  甲斐が姿を消したのは、 それからまもなくのことだった。

 「おせち料理の材料買い出ししてくるよ。 思いっきり腕振るうから正月楽しみにしててよ。」

  そう言って笑いながら出かけたきり、 甲斐が戻ってくることはなかった。