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 「このまぬけやろう!」

  奥から聞こえてきた怒鳴り声に、 玄関から帰ろうとしていた老年の医者はひょいと顔をあげた。

 「元気な声じゃのう、 さっきまでしょぼくれていた奴と同じ人間とは思えんな。」

 「恭兄さん、 本当に慌てていたから。 あんなにうろたえた兄さん見るの、 俺初めてかもしれない。」

  診察を終えた顔なじみの主治医を玄関まで見送りに来ていた優生は、 先程の恭生の様子を思い出して

しみじみと言った。

 「恭生はあのアメリカさんとだいぶ仲良しになったみたいじゃな。 まあ良いことじゃ。 この家の中でいつも

どこか居心地悪そうにしていたからな、 あいつは。 ああやって言いたいことが言える相手が出来たことは

恭生にとって良い影響になるじゃろ。」

  ほっほっほっと笑いながら主治医のおじいさんは帰っていった。

  ジェフリーの診断の結果は、 食あたり、 だった。

 「まったくうなぎと梅干なんて、 一緒に食べると腹痛起こすって今時子供でも知っているぞ。」

 「でも公園で会ったおばあさんがせっかく自分のおやつを分けてくれたのに、 食べないのも悪いだろ。

それにお菓子だから大丈夫だと思ったんだよ。 ほら袋に入った半分乾いたような小梅だったから。」

  ジェフリーは情けないような顔をして布団の中から弁解した。

  彼は公園を散策している途中に出会ったおばあさんと息投合して、 ベンチで日向ぼっこしをしながら

いろいろおしゃべりをしていたらしい。 そのときにおばあさんに家から持ってきた水筒のお茶とお茶請け

の梅を進められた。 ちょうど昼食に恭生の父とうなぎを食べたジェフリーは一瞬躊躇したらしいが、 小さ

いものなので大丈夫だと判断して口にしたということだ。 結果、 恭生は真っ青な顔をしたジェフリーを発

見することになった。

 「しわしわの顔を余計にくしゃくしゃにしてニコニコ笑いながら出されてみろ。 断る方がよっぽど悪いこと

のように思えるぞ。」

  必死に自分の失態を弁解するジェフリーの様子に、 恭生は自分の怒りが薄れていくのを感じた。 とい

うより、 ジェフリーが困りながらもおばあさんがニコニコ笑いながら差し出す梅を受けとる様子を想像すると、

どうしても怒っていられないのだ。

  内心どうしようと思いながらも、 笑いながら梅を口にしたであろうジェフリーに何か暖かいものを感じた。

 「でもあんなに梅がすっぱいものとは知らなかったけどね。 口に入れた瞬間吐き出しそうになった。」

  味を思い出したのか、 顔をしかめるジェフリーに恭生は思わず笑い出していた。

 「恭生のそんな笑顔って初めて見た。 とてもいいな。 いつもそうやって笑っていればいいのに。」

  ジェフリーは目を細めて嬉しそうに恭生を見つめた。

  そんな優しい視線に恭生は自分の頬が熱くなっていくのを感じた。

 「バカなこと言ってないでさっさと寝ろ。 ……特別に優生を呼んできてやろうか。 俺よりあいつの顔見てる

方が早く良くなる気がするだろう。」

  そんな様子じゃ優生に何か出来るはずもないし、 と、 わざとぶっきらぼうに言う恭生に、 ジェフリーは意外

にも首を横に振った。

 「それよりも君がしばらくここに居てくれないか。 何故かな、 恭生が側にいてくれた方が落ち着くんだ。」

  ジェフリーの言葉に恭生は目を見開くと、 少し考えるように黙った。

 「……今日だけだぞ。」

  小声でつぶやくと、 恭生はそっとジェフリーの顔に手を伸ばした。 そのまま前髪をかきあげてやる。

  恭生の優しい手の感触に、 ジェフリーは気持ちよさそうに目を閉じた。

  少し熱いジェフリーの体温を手のひらに感じながら、 恭生は胸の中に何か暖かいものがこみ上げてくるの

を感じていた。