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 「恭生、 その後例のお客はどうなんだよ。 お前ずっと面倒みてんだろ。」

  放課後の部活中、 恭生がアップを終えて一息ついていると、 知哉が近寄ってきて隣に座った。

 「別に。 あいかわらず昼間は一人であちこち出歩いているみたいだ。 昨日は帰ると部屋の中いろんな線香

の香りでいっぱいだった。 どうやら買ってきたお香、 片っ端からためしたらしい。 お香立ても十以上転がって

いた。 いろんな匂いが混ざり合って臭いのなんのって。 胸悪くなったぞ。」

 「ぎゃははは。 何だよそれ。 お前の部屋でか。」

 「どうやら俺の部屋、 あいつの遊び場と勘違いしてるみたいだ。」

  恭生は昨日の出来事を思い出して顔をゆがめた。 何しろ何時間も換気もせずにいろいろなお香を焚いて

いたらしく、 部屋に入った途端あまりの匂いに胃がひっくり返りそうになったのだ。 その後一晩中窓を開け

て換気したのだが、 朝家を出る時もまだ匂いは残っていた。

 「おもしれえ。 一度そいつに会わせろよ。」

 「……機会があったらな。」

  わくわくした顔でねだる知哉に、 苦笑いで返しながら恭生はふと気付いた。

 ”そういやあいつ、 この頃優生の後ついて回らなくなったな。 気が治まったのか?”

  初めの頃のジェフリーは、 それこそ優生が学校から帰ると待っていた犬のように彼の側をまとわりつい

ていた。 それなのに最近は優生の側にいる姿をあまり見ない。 昨日の夜も、 優生が踊りの稽古をしている

様子をじっと見ていたと思うと、 それほど経たない内に自分の部屋に戻り、 また何やらごそごそ始めていた。

 ”まあ、 優生に変な気を起こさなくなったなら万万歳だよな。”

  恭生は少し浮かれ気分になっている自分に気付かず、 練習に戻っていった。





  部活が少し長引き、 いつもより遅くに恭生が家に帰るとジェフリーの姿が見えなかった。

 「あれ、 兄さん今帰ったの?」

 「ああ、 あいつまだ帰ってないのか?」

 「うん。 俺もしかして兄さんが帰ってきてから、 また一緒に出かけたのかなって思ったんだけど。 じゃあ、

昼からまだ帰ってないんだ。 お昼ご飯食べた後出ていったらしいんだけど。 おかしいなあ、 いつもならもう

とっくに帰っている時間だよね。」

  確かに時間にはきっちりしているジェフリーは、 夕食までにはいつも必ず家に帰っている。

 「何かあったのかな。」

  心配そうにつぶやく優生に、 恭生も何やら不安になってきた。 いくら日本語に堪能していても、 犯罪大国

アメリカから来たといっても、 まだまだジェフリーは日本に不慣れなのだ。 何が起こるがわからない。

 「……俺、 ちょっとその辺り見てくるよ。」

  恭生は荷物を玄関先に置くと、 制服のまままた外へ出ていった。 といってもどこへ行けばいいのか見当も

つかない。

 「まったく手間をかける。」

  とりあえず駅の方向へ向かおうと恭生が足を踏み出したとき、 前からタクシーがやってくるのが見えた。

  恭生がまさかと思って見ていると、 タクシーはそのまま家の前に止まり後部座席のドアが開いた。

  出てきたのはやはりジェフリーだった。

  「ああ、 恭生。 迎えに出てくれたのか?」

  恭生に気付いたジェフリーが笑って手を振る。

  そののんきな様子に恭生はどっと疲れを感じた。 少しでも心配した自分がバカバカしくなったのだ。

 「誰が迎えに出るか。 俺も今帰ったところなんだよ。」

  言いながら家に入ろうと恭生が踵を返したとき、 後ろでドサリと荷物が落ちるような音がした。

  何だと振りかえった恭生の目にうずくまるジェフリーの姿が入った。 見ると顔色も真っ青で手が震えている。

 「ジェフリー? おい、 どうしたんだよ!」

  あわてて駆け寄るが、 ジェフリーはどこか痛むのか、 顔をゆがめながら苦しそうに息をするだけで返事を

する余裕も無い。

 「おい、 ジェフリー? おい!」

  恭生は突然の事に頭が真っ白になって、 何も考える事が出来なかった。

  目の端に何事かと優生達が家から出てくるのが見えたが、 ただひたすらジェフリーの名を呼んでいた。