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息が止まりそうになるほど強く抱きしめられる。 思わず顔を上げると、 ジェフリーの顔が近づいてきた。 そのまま頬に額に目に、 と顔中にキスの雨が降った。 最後に唇にキスされる。 軽く触れるだけだったそれは、 気がつくと深く激しいものになっていた。 あまりの激しさに、 恭生は眩暈を起こしそうになった。 呼吸もろくろく出来ず息苦しさに耐えかね、 恭生は思わずジェフリーの背中を叩いていた。 はっとしてジェフリーが顔をあげた. [〜〜〜っはああああっ」 「恭生?」 肩で息をする恭生の顔をジェフリーが不思議そうに覗きこむ。 「お前な……少しは手加減しろよ。 俺を殺す気か。」 一息ついて、 まだしっかりと自分を抱きかかえる腕の持ち主をじろりと見上げる。 ジェフリーは苦笑しながらも、 腕の囲いを解く様子はない。 「嬉しくてつい……だって、 やっと君の本音を聞けたんだからね。」 まだまだ足りないとばかりに、 また顔を寄せてくる。 「ストップ! ストップ! ちょっと待てっ」 必死に顔を背けると、 ジェフリーは不満そうな顔をした。 「どうして止めるんだ。 やっと思いが通じあったっていうのに、 キスもさせてくれないのか。」 「あんなに散々しただろう。」 あからさまに迫ってくるジェフリーに、 恭生は真っ赤になって反論する。 「あれだけじゃ足りないに決まっているだろう。 どれだけ待たされたと思ってるんだ。」 「……! だから止めろってっ」 話しながらも頬や彼を押しのけようと突き出す手を取り口付けてくるジェフリーに、 恭生は 腰に回された彼の片腕によって体をしっかりと拘束され、 思うように抵抗できない。 それに恭生自身も彼のキスに心地よさを感じてもいたので、 最後には黙って受け入れていた。 少し落ち着いたのか、 先程の激しいものとは違って軽く優しいキスが何度も唇をついばむ。 心地よさのあまり、 いつのまにか恭生はジェフリーに身を預けるようにもたれかかっていた。 全身の力が抜けている。 ようやく気が済んだのか、 ジェフリーは恭生を抱え込むように抱きしめ首筋に顔をうずめた。 そのままじっと黙りこむ。 恭生も自分に回された彼の腕に手を重ねると、 黙って全身を包む暖かさをただ感じていた。
しばらくして恭生がそっと名を呼んだ。 恭生の声に答えるように、 回された腕が一瞬ぎゅっと強くなる。 「俺さ……。」 恭生は言おうかどうしようか迷うように、 ためらいがちに口を開いた。 「3年前のあの踊り……藤娘が最後の舞台だったんだ。……あの後発作を起こすようになって ……舞台に立てなくなった。」 「恭生、 無理に話さなくていい。 俺はもうあのときの踊り手が誰だったかなんてどうでもいいと……」 「そうじゃない。 俺はもう大丈夫、 ただお前に聞いてほしいだけなんだ。」 そう言う恭生の声は、 彼の言葉を照明するかのように落ち着いて迷いがなかった。 「あの舞台が最後だなんて思ってもみなかった。 またしばらくしたら踊れると思っていたんだ。 あの発作は一時的なもの、 すぐに直るって……信じられなかったんだな、 自分がこんなことに なるなんて。」 ジェフリーが慰めるように恭生の額に口付けを落とした。 その感触に目を細めて、 恭生は言葉を続けた。 「舞台に立てなきゃ踊る理由なんてないって思ってた。 でも踊れない自分は一体何なんだろうって ……足元が崩れていくようだった。 生まれてからずっと、 踊ることは当たり前のことだったから。 俺自身、 俺の全てが否定されたようだった。 舞いを……踊ることを辞めると決めたのは自分なのに その時から今までずっと迷っていた。 他に道を見つける事もできず、 日舞の世界に戻ることもできず ただぼうっと学校に行って……部活をして……家に帰って飯食って……寝て、 ただそれだけだった。」 恭生は口をつぐむと、 くすりと笑った。 「今考えるとバカだよな。 何で踊れないって決めつけてたんだろ。 ただ化粧が出来ない、 だから 舞いの衣装が着れない、 それだけなのに。」 くすくすと笑いながら言葉を続ける。 「この間さ、 久しぶりに踊って判ったんだ。 ああ俺やっぱり踊ることが好きだって。 判った途端 なんか吹っ切れた気がした。 それまでずっとうじうじ考えていたこと……踊れない自分は何の価値も ないって……だからお前に好きだって言われたときもどうして俺なんかって、 そう思ったことも全部 バカバカしいって思った。 俺にだって出来ることはある。 発表会の準備を手伝ったように、 舞台に 出なくても俺が出来ることはいろいろあるんだって。 ……たとえ踊れなくなったとしても、 俺自身の 可能性がなくなったわけじゃないってそう気付いた。」 恭生はそう言うと、 顔を上向けてジェフリーににっこりと笑いかけた。 「俺、 今はお前の言葉を信じられる。 俺も俺自身を信じられるから。」 恭生の言葉にジェフリーは優しく笑った。 「うん……俺は恭生がとても好きだよ。」 そう言って自分の唇に落ちてくる唇を、 恭生は笑って受けとめた。
稽古場の外にたたずんでいた逸生は、 通りかかった優生の不思議そうな声をさえぎるように 口元に人差し指を立てた。 その目は優しく微笑んでいた。 |