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  発表会の日が近づいてくるにつれ、 家の中もあわただしくなってきた。

  人の出入りが多くなり、 弟子達の顔も真剣なものになってくる。

  恭生達も会場との確認など、 最後の詰めに追われていた。





  「恭せんせ〜だっ」

  逸生との進行のことでの打ち合わせが終わり、 一息つこうと自分の部屋に向かいかけていた

恭生は自分の名を呼ぶ幼い声にふと振り向いた。

  見ると、 先日稽古場で会った例の少女達が嬉しそうにこちらを見ていた。

 「あれ、 稽古終わったのか?」

 「うんっ」

  思わずにっこりと笑いながら少女達に尋ねる。

  恭生の笑みにますます嬉しそうにしながら、 彼女達は元気よく頷いた。

 「恭せんせいは? お稽古終わったの?」

  無邪気に問いかける言葉に苦笑する。

  彼女達は先日の恭生の踊りを見てから、 どう思ったのか彼の事を 「恭せんせい」 と呼ぶように

なり、 いくらただしても呼び方を変えようとしない。

  聞くと、 「だってお家元や若先生みたいに綺麗に踊ったもん」 と妙に自信まんまんに断言された。

  それ以来恭生もあきらめて好きなように呼ばせている。

 「俺は発表会に出ないから稽古しなくていいんだよ。」

  少女達の問いに恭生が答えると、 途端に 「えええ〜っ」 という不満気な声が上がった。

 「どうして?」

 「どこか怪我してるの?」

 「恭せんせい出ないなんてつまんな〜い。」

  次々に出される問いに恭生は上手く言葉を返すことが出来ず、 困ったように笑った。

 「こらこら、 そんなところで何してるんだい? 恭せんせいを困らせたらだめだろう。」

  そこへ助け舟のように声がかかった。

 「あっ 若せんせいっ」

  ニコニコと笑いながら近づいてくる逸生に、 少女達がまたもや嬉しそうな声を出す。

 「お稽古は終わったんだろう。 早く帰らないとお母さんが心配するよ。」

 「はあい。」

 「はあい。」

  逸生がたしなめるように言うと、 少女達は素直に返事をした。

 「じゃあ若せんせい、 恭せんせい、 ありがとうございました。 さようなら。」

 「はい、 さようなら。 気をつけて帰るんだよ。」

  ぺこりとお辞儀する彼女達に、 逸生も手を振って見送った。





  少女達の姿が消えた後、 恭生はふうっとため息をついて隣の兄を見上げた。

 「……兄さんまで俺のこと ”恭せんせい” って呼ぶのやめろよ。」

  先程の兄の言葉を聞きとがめ、 恭生が嫌そうに言った。

 「ははは、 彼女達になつかれたものだねえ。」

  逸生はそんな恭生の様子にも素知らぬ顔で笑った。

 「よっぽど恭の踊りが気に入ったみたいだよ。 あの後しばらく ”恭せんせいに教えて欲しい” って

うるさかったからねえ。」

 「……俺は教えるほど上手くない。 それにしばらく踊っていないせいで勘が鈍っている。 この間

踊って嫌っていうほどわかった。」

  逸生のからかうような声に、 恭生が苦虫を噛み潰したような顔をする。

  そんな彼に逸生はひょいと眉をあげてみせた。

 「……なんだか変わったね。 この間はあんなに踊ることを拒否していたのに、 今は嫌そうじゃ

ないみたいだ。 何か吹っ切れたみたいな顔をしてるなとは思っていたけど……そうなのか?」

 「吹っ切れたというか……結局俺は踊ることが好きなんだって、 そう気付いただけ。」

  恭生はそう言って綺麗に笑った。

  そんな恭生を見て、 逸生は一瞬目を見開いた。

  次の瞬間には元の飄々とした顔に戻っていたが。

 「……ふ〜ん、 じゃあそんな恭生に一つ良いことを教えてあげよう。」

 「良いこと?」

  逸生の言葉に、 恭生は何だと首をかしげる。

 「ジェフリー、 あれから恭に何か言ってきた?」

 「あれからって……そういやこの間、 俺の踊り見てから何だか様子が変なんだよな。 急に

抱きついてきたり、 キスしてきたり……ってそれは今までもあったけど、 時々妙に優しい目で

じっとこっち見てたりするし……。」

 「ふ〜ん、 キス、 ねえ。」

  恭生の言葉を聞きとがめて、 逸生がニヤニヤしながら言った。

  途端恭生は自分が言ってしまった言葉に気付いて真っ赤になる。

 「そっそれは……だからあいつが勝手に……っ」

 「いいからいいから。 仲が良さそうでよかったじゃないか。」

 慌てて言い訳する恭生に、 逸生はますます笑みを大きくした。

 「で? 何か言っていた?」

 「何かって何だよ。」

  再度訊ねるが、 恭生は顔を真っ赤にしたまま憮然と答える。

  その様子に逸生は、 ジェフリーが恭生に何も言っていないことに気づいた。

 ”別にいまさらどうでもいいってことか”

  あの時ジェフリーは、 逸生の言葉に一瞬息を飲んだが、 その後は特に驚いた様子も見せ

なかった。

  踊る恭生を優しい目でただ見つめつづけていた。

 「一体なんなんだよ。 それに良いことって?」

  恭生が憮然とした顔のまま問いかける。

  逸生はそんな弟の顔をじっと見つめる。

 ”でも恭生にも言ってやった方がいいんじゃないのか? ジェフリー”

  それとも気付いていないのか。

  ジェフリーと優生が話している時、 ほんの時たまだが、 恭生が不安そうな顔をすることに。

 ” 不安の種は全部取り除いておいた方が、 ね”

  そう一人ごちると、 逸生はもの言いたげに自分を見ている恭生ににっこり笑いながら口を開いた。