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ジェフリーの不意打ちにばくばくする心臓をどうにか落ち着かせようと、
恭生は大きく深呼吸した。 「何してんの?」 そんな恭生の後ろからいきなり声がした。 驚いた恭生が慌てて振り向くと、 胡乱な目をした優生がすぐ後ろに立っていた。 「ゆ、 優生、 お前いつの間に……」 「さっきからいたよ。」 先程のジェフリーとのやり取りを見られたかと引きつったような笑みを浮かべる恭生に、優生の対 応はそっけなかった。 「け、 稽古は?」 「今休憩中。 兄さんはお弟子さん達の稽古見てる。」 「そ、 そっか……」 やっぱり見られたのだろうか。 そうだろうなあ、 この様子では……。 弟のそっけない口調に恭生は内心冷や汗をかく。 「……恭兄さん、 あいつと仲良さそうじゃない。」 「え?」 「俺、 あんなに悩んだのに。 兄さんを病気にしちゃう奴なんかにまかせておけないって、 それくらい ならって……そこまで思ったのに。 今の兄さん達見てたら本当楽しそうでさ、 俺馬鹿みたいじゃない か。 あの時のあれはなんだったわけ? ちくしょう、 俺の心配した時間返せってんだよ。」 目を見開く恭生の前で、 優生は思いきり不機嫌に文句を言い連ねた。 「優生……。」 「まあ、 兄さんがそれで良いなら仕方ないけどさ。」 最後にそう締めくくると、 優生は表情を一変させてにっこりと笑った。 「でもこんな所でラブシーンは止めてね。」 恭生は本日二度目の硬直に陥った。
「恭生何してたんだ? 遅かったな。」 稽古場に入ってきた恭生の姿を目ざとく見つけて、 すぐさまジェフリーが近寄ってきた。 「誰のせいだと思ってんだよ。」 小声でつぶやきながら目の前の一度目の元凶をにらむ。 「恭生?」 そんな彼の様子に気付いているのかいないのか、 ジェフリーは悪びれない様子で笑みを浮かべ ている。 思わず大きなため息をついてしまう。 「恭! ちょっと来てくれ。」 とりあえずと荷物を部屋の端に置いていると、 逸生が呼ぶ声が聞こえた。 手招かれるまま兄の方へ歩いていく。 「何?」 見ると、 舞台の上には半べそをかいた小学生くらいの女の子が二人ちんまりと立っていた。 「何かあったの? 怪我したとか?」 お弟子さんでも大切な預かりものだ。 何かあってはいけないと慌てて彼女達の側に近寄った。 「恭、 お前昔優生と ”胡蝶” 踊ったよね。」 「胡蝶?」 ああ、と頷きながら嫌な予感に襲われる。 「この子達今度の発表会で ”胡蝶” を踊るんだが……どうしても合わないんだ。 お前優生とやって 見せてくれないか?」 「! 兄さんっ 俺は……っ」 「まだ覚えてるだろ?」 突然の事に声を荒げる恭生に、 逸生は平然と言葉を続けた。 「何も化粧してやれとは言っていない。 ちょっと彼女達に手本を見せてやって欲しいんだ。」 「それなら兄さんが優生とやればいいじゃないかっ」 「いきなりではいくら僕でも合わせられない、 一緒に踊ったことのないからね。」 「でも……っ」 「恭生、 大声出さない。 彼女達が怖がる。」 逸生の言葉にはっと舞台の上を見ると、 少女達は彼等に怯えたような目を向けていた。 思わずぐっと口を閉ざしてしまう。 「恭生、 いつまで目を背けているんだ、 もういいだろう? 三年経ったんだ、 そろそろ立ち直って もらわなきゃ。」 「兄さん……」 「僕はもう気を使わないと言った。 恭が嫌でも踊ってもらうよ。 さあ舞台に上がって、 優生も。」 舞台から少女達を下ろすと、 逸生は恭生達に舞台を指し示した。 「恭兄さん、 はいこれ。」 呆然と舞台を見つめる恭生に、 優生は鼓を渡した。 胡蝶の舞で使う羯鼓だ。 「恭生、 早く。」 手もとの鼓をぼうっと見下ろす恭生に逸生の舞台へと促がす声がかかる。 「恭生? 大丈夫か?」 ふと肩に重みを感じた。 振り返ると、 心配そうに自分を見つめるジェフリーの顔があった。 「本当にだめなら無理をすることは……。」 恭生は自分を気遣うジェフリーの声を聞いていると、 不思議に気持ちが落ち着いていくのを感じた。 肩にかかるぬくもりが怖気づく心を振るい立たしてくれる気がする。 「……ジェフリー、 俺の踊り見たい?」 気がつくとそんなことを口走っていた。 ジェフリーが面食らった顔をしている。 その顔が面白くてもう一度尋ねる。 「見たい?」 「あ、 ああ……そりゃあ恭生が踊るなら見てみたいけど……」 その答えににっこりと笑う。 ジェフリーが自分の踊りを見たいと言っている。 そう思うとなんだか舞台に立てる気がした。 「恭生?」 逸生が呼ぶ声がした。 「待ってくれ。 この姿じゃ踊れないだろう。 すぐ着替えてくる。」 そう落ち着いた声で答えながら、 恭生は心の中から怖気づく自分が消えていき、 昔何度も感じた 高揚した気分が沸き起こってくるのを感じた。 |