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 「ジェフリー、 ここにあるやつ全部稽古場に持ってってくれってさ。」

  恭生は腕いっぱいに衣装を抱えながら、 部屋の隅で何やら探しているジェフリーに声をかけた。

 「ちょっと待ってくれ。 逸生が確かここだと……。」

 「何探してるんだ?」

  先程からごそごそと部屋の隅に置いてある棚や衣装箱の中を漁っている彼の横から覗きこんで尋ねる。

  そんな恭生ににやりと笑いかけてジェフリーは答えた。

 「恭生の昔の舞台写真や衣装などなど。」

 「……っ」

  悪びれなく下心を見せる彼に、 恭生の方が絶句する。

 「こういう特典がないとやってられないだろう。 逸生達はここぞとばかりに俺達をこき使うんだから。」





  逸生から突然言い渡された仕事は、 結局のところは連絡係ということだった。

  どんな仕事を任されるのかとびくびくしていた恭生は、 父から詳しい話を聞いて胸をなでおろした。

  あちらこちらと飛びまわって忙しい父や兄達と業者や関係者との間に立って、 細かい打ち合わせを進め

ていく役目は確かに内々に通じたものでないとスムーズに事が運べない。

  恭生は経験者ということもあってうってつけだったのだろう。

  実際恭生が中に入ったことで、 関係者が不必要に走りまわることがだいぶ解消された。

  もちろん経理などまだ学生の恭生には決められない大事なことには逸生や他の誰かがついていたが、

発表会の進行関係は昔取った杵柄というのか、 基本的なことは恭生で充分対応できた。

  そして恭生も最初に抱えていた、 再びこの世界に関わることへの不安や躊躇がだんだんと無くなって

いくのを自分でも感じていた。

  それにはいつも側でフォローしてくれるジェフリーの存在があったことを、 恭生自身わかっていた。

  そして忙しく動き回り、 いろいろな人と接するうちに、 自分でもこの世界で役立つことができるのだと

いう実感と充実感を感じるようになった。

  それとともに、 自分の中にあった踊りやいろいろなものに対する変なこだわりが解けていくのがわかっ

た。

  それでもまだ舞台を見ると、 焦燥感にも似た居たたまれない気持ちに苛まれ、 気分が沈むことが

あったが。





 「おかしいなあ、 確かにここだって……」

 「……そこには無いぞ。 踊りをやめるって決めたときに全部始末したから。」

  まだごそごそやっているジェフリーに、 恭生はそっけない声で言った。

 「えええっ!」

  オーマイガッと大ぶりなジェスチャーでショックをあらわすジェフリーに、 さすがアメリカ人と恭生は妙な

ところに感心した。

 「変なもの探す暇があったらさっさとこれを稽古場に持ってけよ。 兄さん達が待ってんだぞ。」

 「変なものって……君の写真だぞ。 それも俺がまだ知らない、 小さい頃の貴重なものなんだぞ。 それ

を始末って……あああ何て事を……」

  本気で悲しんでいるジェフリーに、 恭生は呆れた目を向けた。

 「俺先に行くからな。」

 「待ってくれ、 俺もすぐ行く。」

  さっさと部屋から出ようとした恭生を制して、 慌てて荷物を抱え込む。

  そのまま後をついて稽古場に向かいながらもまだぶつぶつと悔しがっている。

 「可愛らしかっただろうなあ、 君の舞台姿……着物着て化粧して舞っているところ……」

 「……うるさいぞ、 変態。」

 「変態とはひどいな。 俺は愛する君のことはどんなことでも知りたいと純粋に……」

 「やめろっ! こんな所でそんなこと言うなっ」

  堂々と赤面するような言葉を言い放つジェフリーに、 恭生が真っ赤になって止める。

 「誰がどこで聞いているかわかんないんだぞっ 変なことを言うな。」

 「ハイハイ。 本当恥ずかしがりやだね、 このお姫様は。」

 「おっお姫様なんて言うな……っ」

  しれっとしてまた聞き逃せない言葉を言うジェフリーに、 恭生は荷物を放り出しそうになった。




  先日逸生が宣言した通り、 ジェフリーは変な遠慮を見せなかった。

  恭生の体調を気遣いながらも、 以前と変わらず言葉で態度で積極的に迫ってくる。

  そんな彼に恭生もあの朝に感じたためらいもいつのまにかどこかに消えてしまっていた。

  それどころか逸生の言葉が効いたのか、 それとも恭生自身胃を壊すまで悩み自分の弱さを

はっきりと認識したことによってどこか吹っ切れたのか、 合宿中の時のようなジェフリーの言葉を

完全に否定する態度を取らなくなっていた。

  あいかわらず暇さえあれば愛の言葉を囁いてくるジェフリーに辛辣な言葉を返す恭生だったが、

その言葉の中にも彼を拒絶するものはなかった。

  いつのまにか恭生はジェフリーの気持ちを受け入れ始めていた。




  怒りと恥ずかしさのあまり震えている恭生に、 ジェフリーは最後の爆弾を落とした。

 「ほら、 逸生達が待ってるんだろう。 早く持っていかないと。 機嫌直して、 ね?」

  そう言うと首を伸ばし、 荷物で手が塞がっている恭生の頭のてっぺんにちょんとキスしたのだ。

 「!!!!!」

  そして見事に硬直してしまった恭生を置いて、 素知らぬ顔でジェフリーは稽古場に入っていった。