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  トントン。

 「恭兄さん起きてる?」

  ノックと共に顔を覗かせた優生は、 ベッドの上にうずくまっている恭生を見つけて口を尖らせた。

 「ちゃんと横になってなきゃだめだろ。」

 「大丈夫だよ、 もうなんともないから。」

 「だめ。 倒れるほど痛かったんだろ、 そんな簡単に治るわけないよ。 しばらく安静にって医者が

言ってたってジェフリーが……。」

 「ジェフリー? あいつ帰ってるのか?」

 「う……ん。」

  今までずっと考え込んでいた相手の名を聞いて、 恭生ははっと顔をあげた。

  そんな兄の姿に優生は先程の話し合いを思い出し、 複雑な心境になった。

  優生としては兄の体が第一だというのに、 一番上の兄ときたらとんでもない事を言い出すのだ。

  もっと追いこめだって?

  冗談じゃない。

  帰ってきたときのこの兄の青ざめやつれた顔に、 優生は本当に驚いたのだ。

  合宿前にはジェフリーがなんとか恭生を立ち直らせてくれるだろうと期待していたのだ。

  昔の、 踊りが上手でいつも笑って自分に優しくいろんな事を教えてくれた、 大好きだった兄に。

  あの頃の恭生に戻ってくれるのではないかと大いに期待していたのだ。

  自分達ではだめだったから。

  恭生が惹かれて少しでも心を開いたジェフリーなら、 と。

  なのに、 あの男は自分の期待に応えるどころか大事な兄を病気にしてしまったのだ。

  逸生が何と言おうと、 優生はもう彼に任せて置けないと思った。

  これ以上恭生が苦しむところを見たくない。

  それくらいなら今まで通りでいい。 一人離れに住もうと、 自分や逸生達に距離を置こうといいじゃ

ないか、 そう優生は思った。

  だから先程逸生が爆弾発言をした後、 ジェフリーが言い出したばかなことを阻止するために、

優生は恭生の部屋に忠告にやってきたのだ。

  なんとしても阻止しようと。

 「あの……さ。」

 「うん?」

  よし、 と心の中で自分を奮い立たせて優生は話しを切り出した。

 「さっきさ、 あいつが……ジェフリーが帰ってきてさ。」

 「あいつがどうかしたのか?」

  ジェフリーという言葉が恭生の気を惹いた。

 「えっと、 そうじゃなくてあいつと逸生兄さんが……俺もだけど、 居間でお茶飲んでさ。」

  どうしたら恭生の動揺を招かずに伝えることが出来るかと、 優生は考え考え言葉を繰り出す。

  そのためどうしても言葉が途切れ途切れになってしまう。

  上手く言葉が出てこない優生に、 恭生は怪訝な顔をする。

 「お茶がどうした?」

 「違う。 お茶じゃなくて、 逸生兄さんがさ、 ジェフリーと話してて……恭兄さんの体心配して……」

 「悪かったな、 心配かけて。 もう大丈夫だからさ。 逸生兄さんにもちゃんと言うから。」

  皆が自分のことを心配してくれたのかと、 恭生は顔を和らげて安心させるように優生に笑いかけた。

  その笑顔の優しさに昔の面影を見出して、 優生は思わずぼうっとする。

  次の瞬間はっとして違う違うと首を振った。

 「そうじゃなくってっ……あっ 恭兄さんが心配じゃないっていうんじゃないよっ。 でもそうじゃなくて、

逸生兄さんがジェフリーと話しててさ、 恭兄さんのこと……っ」

 「はい、 そこまで。」

  優生がええいと勢い込んで言い出そうとしたとき、 部屋のドアが開いた。

 「いっ逸生兄さんっ」

  突然現われた兄の姿に優生は驚きのあまり飛びあがりそうになった。

  そんな下の弟の姿に逸生はにこりとした。

 「優生、 だめだなあ。 兄さんが言う前におかしな事恭生に吹きこんだらいけないよ。」

 「おかしな事って……っ だってあんなことっ」

 「はいはい、 後は兄さんが話をするから。 優生は退場ね。」

 「えっ、 えっ、 えっ」

  うろたえる優生を逸生は手際良く部屋の外に追い出した。

 「ちょっ……」

  ばたん。

  なおも何か言おうとする優生の前でドアを閉める。

 「さて……と。」

  一連の出来事に何が何やらわからず呆然とする恭生の前に、 逸生はゆっくりと腰を下ろした。

 「体の具合は?」

 「あ、 ……うん、 大丈夫。 もうなんともないし。」

  まず自分の体を心配してくる逸生に、 恭生は先程優生に言った言葉を繰り返した。

 「それよりも何? 優生が言ってたあんなことって? ジェフリーと何の話したんだ。」

  恭生は問いながら、 ジェフリーはどうしたんだろうと思った。

  帰ってきたと聞いているのに顔を見せる様子もない。

  逸生と何の話をしたのか、 自分に何か都合の悪いことなのか。

  姿を見せない思い人に恭生はどこか不安な気持ちになった。

 「ジェフリーなら来ないよ。」

  そんな恭生の気持ちを見ぬいたかのように逸生が唐突に言った。

 「彼、 恭が倒れたのよっぽどショックだったみたいだね。 今日は恭生の顔見れないってさ。」

 「見れないって……」 

  逸生の言葉に恭生はショックを受けた。

  会いたくないということなのだろうか。 どうして? あまりに自分が強情はるからあきれてしまった?

おまけに胃炎まで起こしてしまって迷惑をかけたから?

  頭の中をぐるぐると悪い考えが廻る。

 「違うよ。 今自分の顔を見たらまた恭の具合が悪くなるんじゃないかって心配してるんだよ。 ストレス

になるほど追い掛け回されたんだって?」

  そんな恭生の様子を見て逸生がおかしそうに尋ねた。

  恭生は何とも答えられずうつむいてしまった。

  逸生はかまわずに言葉を続けた。

 「ジェフリーね、 少しの間恭と距離を置くってさ。」

  その言葉に恭生は驚いて顔をあげた。