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  からりと玄関が開く音がした。

 「……ただいま。」

  その声に呼応するように奥からパタパタと走り出てくる足音がした。

 「ジェフリー遅えぞ、 どこ行ってたんだよ。」

  ジェフリーが靴を脱ぐ間も与えず、 優生が怒ってんだぞと言う口調でまくし立てる。

 「すまない。 ……恭生は?」

 「帰ってきてから休むって言ってずっと部屋に入ったまま。」

 「そうか。 逸生は稽古場?」

 「そうだけど、 そんなことよりどうなってんだよ。 恭兄さんが体壊すなんて、 お前何したんだよ。」

 「優生……。」

 「俺言ったよな、 兄さん頼むって。 それがこれかよ。 大事にするって言ったのにっ」

 「優生、 よさないか。 ……お帰り、ジェフリー。」

  優生が三和土に立ったままのジェフリーを問い詰めていると、 奥から逸生が出てきて優生を

なだめるように言った。

  そのままジェフリーに顔を向ける。

 「疲れただろう。 とにかく上がって、 何か飲むかい?」

  逸生に促がされるまま、 ジェフリーは靴を脱いで彼の後をついて行った。

  優生もその後に続く。

  居間に腰を落ち着けると、 逸生が隣の台所で煎れたお茶を卓上に置いた。

  優生はその間も何か言いたげにジェフリーの方をちらちらと見ていたが、 逸生に目で止められ

黙ってお茶を飲んでいた。

 「……それで? 恭生がああなったのは君のせいなのか?」

  しばらくして、 逸生が静かな口調で話を切り出した。

 「……ああ。」

  ジェフリーは湯のみに目を落としたまま肯定した。

 「医者はストレスによるものだと……俺が恭生を追い詰めた。 あいつの気持ちも考えずに言葉を

強要したんだ。 俺への気持ちを認めてしまえば素直に俺の気持ちも受け入れてくれるだろうと、

そう思って……。 一度は好きだと言ってくれたから。」

 「恭生が? そう言ったのか?」

  ジェフリーの言葉に逸生が驚いたように言った。

 「ああ、 それも俺が半分無理に言わせたようなものだが。 それでもあの言葉は恭生の本心だった。

それは嘘じゃないと俺は思っている。」

 「思ってるって、 ジェフリーが勝手にそう決めてるだけなんじゃないかよ。」

  側で聞いていた優生が仏頂面で口を挟む。

 「違うな。 あの時の恭生に嘘がつけるはずない。」

  体育倉庫でのキスしたときの恭生のうっとりした顔を思い出し、 ジェフリーは一瞬顔を緩めた。

 「あの時って……何した?」

  そのジェフリーの表情を見咎め、 優生の目に剣呑な光が宿る。

 「優生、 ちょっと黙っててくれないか。」

  今にも目の前の男に噛み付いていきそうな弟に、 逸生が制止の声を出した。

 「一度は自分の気持ちを認めたんだね。 なのにまた否定している?」

  逸生が確認するように言う。

  ジェフリーはその問いに頷き、 顔をゆがめた。

 「だからもう一度認めさせようと……俺もむきになって強引に迫ってしまった。 それが恭生の負担

に……。」

 「そうか……。」

  逸生は何か考えながら前髪をかきあげた。

 「もしかするとあいつ、 心の中では自分の気持ちを認めてるのかもしれない。 でも何かがそれを

君に告げることを妨げている……?」

 「何か?」

 「恭兄さん、 自分の事になると何故か自信ないみたいだしね。」

  逸生の言葉に同意するように優生が相槌を打つ。

 「自信……。」

  ジェフリーは優生の言葉を口の中で反芻した。

 「踊りを辞めてから変わっちゃってさ。 俺達に悩み事とか愚痴とか言わなくなったし、 全部自分の

中に溜め込んでしまってるみたいだから。」

 「それでもこんな体調崩すほどのことは今までなかったからね。」

 「それだけ今回のことが深刻ってことだろ。」

  目の前でニ男の事を話す長男と三男を見ながら、 ジェフリーは今まで自分が見てきた恭生を

思い出していた。

 「……優生の所に行けって言ったんだ。」

 「え?」

  ジェフリーのつぶやきに二人は彼に目を向けた。

 「俺がいくら好きだと言っても信じてくれないんだ。 嘘だと、 俺が好きなのは優生のはずだから、と。

倒れたときも……そうだ、 あの時もそれで言い合って恭生が優生の所に行けって。」

 「なんだよ、 それ。 恭兄さん全然ジェフリーの話聞いてないの? それとも兄さんにちゃんと話して

ないのかよ。」

  優生が顔をしかめて言う。

 「言ったさ。 何度も何度も恭生が好きだって。 でも信じてくれなくて、 逃げ回って避けられて……。」

 「で、 強引にってか。 何それ。 恭兄さん何考えてんだよ、 好きなのに好きって言われて避けるって

矛盾してるよっ」

  優生はわからんとばかりに頭を抱えた。

 「……自信、 ないんだろうねえ。」

  逸生の言葉に二人はえっと顔をあげた。

 「さっき優生が言ったように、 自分に自信がないんだよ。 ジェフリーに好きになってもらう、ね。 だから

君がいくら言っても信じられない、 いや、 もしかして信じた後に嘘だったって言われるのが怖いんじゃ

ないかな。」

 「そんな……っ 俺はそんなことっ」

 「うん、 君が本気だって俺にはわかるよ。 そんなに真剣に悩んでる君を見てるから。」

  抗議するように声をあげたジェフリーに、 逸生は頷いてみせた。

 「でもね、 君も悪いんだよ。 最初あんなに優生ばかり追いまわしてたんじゃ、 後で実は君が好き

でしたって言われてもなかなかねえ。」

  咎めるように言われてジェフリーは小さくなった。 

  そんな様子を見て少し微笑むと、 逸生はすぐに表情を改めた。

 「で、 これから君はどうしたい? 諦める? 恭生のこと。」

 「そんな……そんな簡単に諦められるくらいなら最初からこんなに悩んでなどいない。 でも……。」

 「恭生の体が心配? これ以上迫ってあいつを追い詰めたくない?」

  逸生の言葉を肯定するかのようにジェフリーは黙りこんだ。

 「いいじゃないか、 追いこんでやれよ。」

 「なっ!」

 「逸生兄さんっ!」

  逸生の発言にジェフリーと優生は目をむいた。

 「あいつには荒療治が必要だよ。 少しくらい胃を壊しても大丈夫、 死にはしないよ。 もっと追いこん

であいつの目を開いてやってくれよ。 そして自分にも良いところがあるって気付かせてやってくれ。」

  逸生は絶句するジェフリーににっこりと笑いかけた。