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 「またお前らか。 今度はなんだ?」

  保健医が呆れたような声を出した。 それでも目は恭生の様子を注意深く観察しているのがわかる。

 「胃……か。 何か変なもの食ったか?」

  意識を失いながらも手が胃の辺りを押さえているのを見とがめ、 傍らに立つジェフリーに尋ねる。

 「夕食の仕度をしている最中に急に……。 それまでは元気だった。 食事も俺達と同じものしか食べ

ていない。」

 「ふ〜ん……」

  ジェフリーの返事に気のない相槌を打ちながら、 喉の奥を診察したり体温を計ったりと手は急がしく

動いている。

 「大丈夫なのか、 どこが悪いんだ?」

 心配そうに問うジェフリーに、 保健医はちらりと視線を向ける。

 「夕食の仕度をしていたと言ったな、 それだけか?」

 「え?」

 「食欲は? 食事はいつも普通に食っていたか? 練習はどうだ? きつそうだったか?」

 「食事は普通にとっていたと……いや、 この頃少し疲れた様子だったかも。 練習はそんなにハードな

ものじゃないはずだが。」

  矢継ぎ早に出される質問に、 ジェフリーは眉をしかめ考え考え答える。

 「部活のせいじゃあないということか。」

 「ドクター? まさか恭生は何か悪い病気……」

  ジェフリーが不安げに言いかけた時、 恭生が身じろぎした。

 「恭生っ」

  ジェフリーは飛びつくようにして顔をのぞき込んだ。





  恭生はじくじくとした痛みに促がされるように目を開けた。

  「恭生っ」

  ジェフリーが上から覗きこむように自分を見ているのがわかった。

  周囲を見まわすと何日か前に見たのと同じ光景だった。 隣にはあの時と同じ保健医の顔がある。

 「……もしかして俺また保健室に?」

  言いながら体を起こすと胃の辺りに違和感を伴った鈍い痛みを覚える。

 「まったく運動部のくせにまともな怪我で来るならともかくなんだ、 胃痛で運ばれるなんざ。」

 「胃痛? そういやさっき急に胃の辺がすごく痛くなって……」

  保健医の言葉に恭生は先程のきつい痛みを思い出し顔をしかめた。

 「今はどうだ? 痛みは?」

 「少し……我慢できないほどじゃないけど、 なんかむかむかする。 何これ、 俺何か病気なの?」

 「病気ねえ……病気といえば病気か。 まあ、 はっきりしたことは病院で検査すればわかるが、

まあ簡単に言えば胃炎だな。」

 「胃炎〜?」

 「イエン? 何だそれは。 何の病気だ?」

  聞きなれない言葉にジェフリーが首をかしげる。

  そんな彼の様子に保健医は苦笑しながら説明した。

 「ああ、 さすがにお前のボキャブラリーには入っていないか。 ガ・ス・ト・ラ・イ・ティス、 gastritisだよ。」

 「gastritis? ……恭生、 お前胃が弱いのか?」

  思ってもみなかった病名にジェフリーはまじまじと恭生を見る。

 「まさか。 初めてだよ、 胃が悪くなるなんて。」

  恭生自身、 自分がそんなものになるなんて思ってもみなかった。 胃が悪いというのはひ弱なイメージ

があるからだ。

 「健康な奴でも胃を悪くすることがあるぞ。 小須賀、 お前最近悩んでることとかあるんじゃないか?

ストレスなんかがたまって胃にくる場合があるからな。」

  悩みと聞いて恭生の肩がびくっと震えた。

 「ストレス?」

  ジェフリーも眉を顰める。

 「そう。 あんまりストレスをためこむのは体に良くないって言うだろ。 案外人の体って変なところで

脆くってな、 特に精神的なものは体に出やすいんだよ。 胃炎や胃潰瘍なんかは典型的なものだな。

よく聞くだろ、 ビジネスマンがよく胃潰瘍になるって話。 あれは仕事や人間関係のストレスがたまり

まくって胃にきたって理由が多いんだ。」

 「でもさっきまでは何ともなかったんだぜ。 昼飯もちゃんと食ったし……いつもよりちょっと少なかった

のは確かだけどさ。」

  恭生は不安そうに保健医を見上げて言った。

 「知らないうちにためこんでいたんだろうよ。 だから言っただろう、 何か悩んでないかって。」

 「悩みって……。」

  問われて言葉に詰まる。

  ちらりと傍らのジェフリーを見ると、 顔を強張らせて何か考え込んでいた。

  そのまま黙り込んでしまう恭生に、 保健医は苦笑して言った。

 「まあ無理に言うことはない、 俺もカウンセラーをしているわけじゃないからな。 でも悩み事があるなら

さっさと片付けるんだな。 ……ほら、 ここの病院紹介してやるから行ってこい。」

 「病院? いいよ、 ただの胃炎なんだろ。 先生、 胃薬出してよ。 それで痛み治まるだろ。」

 「ばかなこと言うな。 俺はただの保健医なんだから、 ちゃんと病院で検査を受けておけ。 胃炎と言って

軽くみるなよ。 それがひどくなると胃に穴があくこともあるんだぞ。」

  胃に穴があくと聞いて、 恭生は顔を引きつらせた。

 「……行ってきます。」

 「よし。 部の方には……」

  その時、 廊下からばたばたとこちらに走ってくる足音がした。 と、 保健室のドアがばたんと勢いよく

音を立てて開いた。

 「恭生っ 恭生が倒れたって?」

 「こらあっ うるせえぞお前ら! ここのドアを壊すつもりかっ それに廊下をばたばた走るなっ」

  中に入ろうとした知哉と山脇に、 保健医の怒声が落ちる。

  反射的にぴしっと直立した二人は静かにドアを閉め、 おそるおそる尋ねた。

 「あの〜恭生……小須賀は……」

 「そこにいる。 ちょうどいい、 お前ら顧問に言っておけ。 小須賀はこれから病院なので今日は部活は

休むってな。 ……いや、 2、 3日休んだ方がいいか。」

  最後の言葉は背後の恭生に向けて問われたものだったが、 それを聞いた二人はさあっと青ざめた。

 「病院? まさか恭生悪い病気なのかっ?」

 「不治の病とかっ?」

 「ええっ 死んじゃうのかっ?」

 「ばかやろ。」

  口々に言い出す二人に保健医が鉄拳を振るう。 

  痛い〜と頭を抱える二人を無視して、 再度恭生に尋ねた。

 「どうする? 俺としてはしばらくおとなしく休むことを薦めるが。 どうせ合宿もあと少しだろ?」

 「ドクターの言う通りにした方がいい。 病院に行ったらまっすぐ家に帰って休むことだ。」

  ジェフリーが妙に強張った顔のまま真剣な声で言った。

  恭生はしばらく考えたあと、 ため息をつきながら頷いた。

 「仕方ないな。 やっぱりこの痛みじゃ練習は無理かも。 また倒れたらしゃれにならないもんな。」

  そう言ってベッドからおりると、 保健医の差し出す病院の名前を書いたメモを受け取った。

 「というわけだから、 部長と顧問に言っておいてくれ。 悪いけど家に帰るって。」

  まだしゃがみこんでいる悪友二人に伝言を頼む。

 「いいけど、 大丈夫なのか?」

  今度は本当に心配そうに知哉が恭生に尋ねる。

 「大丈夫大丈夫。 落ち着いたらまた連絡する。 あと頼むな。」

 「おう、 任せとけ。 ちゃんと先生に伝えておくよ。」

  そう言うと、 二人は恭生のことを部の方に伝えるために保健室を出ていった。

 「恭生、 荷物をとってくるからここで待っていてくれ。」

  黙ってその様子を見ていたジェフリーが、 続いて保健室を出ようとする恭生を押しとどめて、 止める間

もなくさっさと出ていった。

  仕方なくもう一度ベッドに腰掛けた恭生に、保健医がからかうように言った。

 「愛されてるねえ。 さっきお前抱えて入ってきたあいつ、 すごい形相だったぞ。」

 「からかうなよ先生、 悪趣味だぞ。」

  しかめ面で返す。

 「……もしかして原因あいつか?」

 「……。」

 「さっきも言ったが無理に聞く気はない。 でもこれだけは言っておくぞ。 解決する悩みならさっさと解決

しろ。 じゃないとまたストレスで倒れるし、 胃も完治しない。 またここに運び込まれては俺がたまらん。」 

  保健医の言葉に恭生は曖昧な笑みを返すだけだった。