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  恭生は電車に揺られながら、 隣に立つ背の高い男をそっと見上げた。 彼は興味深げに窓の外を流れる

景色を眺めている。 そんな彼に周りの乗客がちらちらと目をやっているのが判る。 183cmという長身の為

だけではない。

 ”黙っていればすごいハンサムだよな。”

  モデルばりのスタイルにすっと鼻筋の通った端正な顔立ちは、ハリウッドの映画スターに勝るとも劣らない。

だが初対面が悪すぎた。 いきなり抱きつかれ、 あろうことかキスまでされてしまった恭生は、 あの後名前を

名乗ったジェフリーをしばらく無言で見つめていたが、 くるりと踵を返すとしゃがみこむ彼をそのままにさっさと

立ち去ろうとした。 こんな奴と一緒に家に帰りたくなかったのだ。 たとえ父が怒り狂おうとも。 日本語も流暢

に話せるようだし、 放っておいても一人で家まで来れるだろう。 連れて帰るなど冗談じゃない。

  静かに怒る恭生に気づいたのか気づかないのか、 ジェフリーはさっと立ちあがると荷物を持ってにこにこ

と彼の後を付いて来た。 その悪びれない様子に一言言ってやろうとした恭生は、 興味しんしんに二人を見る

周りの目に気づき、 開けかけた口を閉じるととりあえずこの場を去ろうと早足で駅に向かった。 後ろにジェフ

リーを従えたままで。

 「ただいま……」

  結局付いてくるジェフリーを無理に引き離すことも出来ず、 恭生はそのまま家まで帰ってきた。

 「おかえり〜、 恭兄さん。」

  疲れたように帰宅を告げた恭生の声が聞こえたのか、 優生がパタパタと奥から出てきた。

 「ゆっ、 優生っ」

  弟の姿に空港での忌まわしい出来事を思い出した恭生は、 はっと後ろを振り返った。 案の定ジェフリーは

青い目を見開いて優生を凝視し、 今にも飛びつかんばかりだった。 とっさに恭生が彼の上着を掴まなかった

ら弟は恭生の二の舞だっただろう。

 「あ、 その人がお客さん? へえほんとに外国人だ。 アメリカから来たんだよね。」

  そんな恭生達に気付く様子もなく、 優生はにこにことジェフリーに挨拶した。

 「父さん達、 もう奥で待っているよ。 」

  早くおいでよ、 と言いながら優生はまたパタパタと廊下を走っていった。 「父さん、 来たよ〜」 と父に告げ

ている声が遠くに聞こえる。

  恭生ははあっとため息をつくと、 優生が消えた廊下の奥をまだぼうっと見ているジェフリーの胸倉を引き寄

せた。

 「いいか、 優生に変なちょっかい出してみろ。 即刻アメリカにたたき返してやる。 日本での生活を楽しいも

のにしたいのなら、 おとなしくしていろ。」

  恭生の言葉に、 ジェフリーはばつの悪そうな顔をした。

 「悪かった。 ずっと優生に会いたかったものだからつい……。」

 「ついもくそもあるか。 今度あんなことをしてみろ。 いくら親父の大切な仕事相手の息子だからといっても

容赦しないからな。 変な気持ちで優生に近づくなよ。」

  凄むように言うと恭生はジェフリーから手を離し、 こっちだと顎をしゃくって廊下の奥へと促した。

 「綺麗な顔してきついな、 君は。」

  後ろから感心したように言う声に、 恭生は早速殴りたくなる衝動を必死に抑えた。

 ”こいつ、 本当に判っているのか!?”