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  終業のチャイムと共に、 恭生は鞄を手に教室を飛び出した。

 「あれ? 恭生、 どこ行くんだよ。 部活は?」

 「悪い! 野暮用っ 」

  同じバスケ部の知哉が、 帰ろうとする恭生に気がついて声をかけてきたが、 とにかく時間が無い。

  恭生は足を止めず軽く手を挙げると、 そのまま階段を駆け下りていった。

 「畜生、 あのくそ親父。 面倒くさいこと押し付けやがってっ」

  何とか予定していた電車に飛び乗り一息つくと、 今朝の父の突然の言葉にまた腹が立ってくる。

 「アメリカからの客だあ? 大事な相手なら自分で迎えに行けよ、 ったく。 いくら忙しいからって俺に振る

か? 」

  相手の顔も知らないんだぞ、 俺は。 低く毒づくと恭生は手もとのメモに目を落とした。

 「名前はジェフリー・バウムスタイン……えらそうな名前だな。 年はっと……18? 何だよ俺と一つしか

変わらないのか。 何しに来るんだ? 一体。 身長183cm、 髪の色は茶色で目が青ね。 こんなので判る

のか、 本当に。 うようよいるぞ、 空港にはこんな格好の奴なんて。 写真くらいつけろよな。」

  思わずため息が出る。 今朝、 起き抜けにいきなり放課後空港まで客を迎えに行くように、 父から言わ

れたのだ。N.Yに懇意にしている知り合いがいるとは聞いた事があるが、なにせ海の向こうの国のこと。

それに家の仕事上の関係とあって気にもしていなかた。

 「大体本人じゃなくて息子が来るってのがなあ。」

  父も来日の詳しい理由は知らないらしい。突然日本に来ると言ってきたらしいのだ。 しかもちょうど大学

が夏季休暇ということでしばらく滞在したいという。

 「単なる旅行だろうな。 親父は喜んでるからいいかもしれないけど……面倒くせえ。」

  歓迎するといっても日本舞踊の家元という家の都合上、 父も恭生の兄も弟も弟子の世話や稽古やらで

そうそう暇がない。 必然的に客の世話は恭生に回ってくることになるだろう。

  そうこう考えているうちに電車は空港駅に着いてしまった。 電光掲示板を見ると予定の飛行機はもう既

に到着しているようだ。

 「どこだ? 」

  入国ゲート付近を見回しても、 条件に合う人物が多すぎて見当もつかない。 思わずう〜んと考え込ん

でしまう。 アナウンスでも頼むかどうか。 と、 いきなり目の前が暗くなったかと思うと、

 「優生!」

  恭生は弟の名を呼ぶ大きな腕に抱きすくめられていた。

 「なっ? ゆっ? なっ? っっ!!!」

  突然の出来事に頭が真っ白になる。 抵抗することも忘れて呆然と立ちすくむ恭生の様子に勘違いした

のか、 男はさらに腕に力をこめると恭生にその顔を近づけ、 そして……、

 「○X△■%☆っっ!!!」

  唇を塞がれた状態でやっと我に返った恭生は、 遅ればせながらじたばたと暴れだし、少し腕の力が緩

んだ隙に男から離れると思い切り力をこめて拳を振るった。

  恭生の渾身の右ストレートは見事に顔面にヒットし、 男はその場にしゃがみこんでしまった。

 「いきなり何しやがる! この変態野郎っ」

  ぜえぜえと肩で息をしながら恭生がどなりつけると、 男は彼を見上げて情けなさそうな顔をした。

 「優生……悪い。 あまりの嬉しさについ……」

 「俺は優生じゃない。 優生の兄の恭生だ。」

 「え?」

  間抜け面をさらした変態を改めてまじまじと見て、 恭生はふと気づいた。

  金に近い茶色の髪、 青い瞳、 そしてしゃがみこんでいても判る長身。

 「あんたもしかしてうちに来るっていう……」

 「ジェフリー・バウムスタイン。 しばらく世話になる。」

  アメリカからの客は、 左頬を赤く腫らしたままにっこりと笑った。