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  練習を終えて合宿所に戻ろうとした恭生は、 自分を呼びとめる声に足を止めた。

 「悪い、 ボールの空気が抜けてないか、 部長が体育倉庫の中のもの全部点検してくれってさ。」

 「全部? そんなの1年にやらせろよ。」

 「1年は別の仕事言いつけられてる。 俺達今日食事当番なんだ。 恭生、 頼む。」

  山脇と知哉が拝むように言う。

 「仕方ねえなあ、 お前ら貸しだぞ。 ……他の奴らは?」

 「手の空いてる奴はもう中でやってるよ。」

  回りを見まわす恭生に、 知哉がニコニコと倉庫を指差した。

  そんな二人を胡乱な目で見ながら、 恭生はしょうがないと言わんばかりの顔で倉庫に向かった。

 「……上手くいくといいな。」

 「二人きりになればあいつが上手くやるさ。 さて、 恭生が中に入ったら……。」

  山脇と知哉は恭生の後ろ姿を見ながらにんまりと笑った。





 「あれ? なんだよ、 真っ暗じゃないか。 誰もいないのか?」

  埃っぽい倉庫の中を覗きこんで、 恭生は顔をしかめた。

 「ったく、 知哉の奴上手いこと言って誰もいないじゃないか。 俺一人でやれってことかよ。」

  ぶつぶつと言いながら倉庫の灯りをつけるために中に足を踏み入れた。

  と、 ガシャンッと後ろで扉が閉まった

 「えっ?!」

  驚いて振り向く恭生の耳に、 鍵のかかる音がする。

 「おいっ 誰だっ ふざけてないで開けろよっ」

  恭生が慌てて扉を叩くが、 鍵を外す気配はない。

  それどころか鍵を掛けたらしき者が駆け去っていく足音がした。

 「くそっ 誰だ、 こんなふざけた真似する奴は。 見つけたらただじゃおかねえぞ。」

  悔し紛れに扉を足で蹴飛ばす。 金属の扉はガコンと空しい音を響かせただけだった。

  頑丈な扉を睨んで何やら考え込んでいた恭生は、 しばらくしてふうっと息をついた。

  誰の仕業かわからないが、 閉じ込められたこと自体はそれほど心配していなかった。

  恭生がいつまでも戻らないことに気付いた誰かが探しに来てくれるだろうし、 もしそうでなくとも

明日になれば誰かが倉庫を開けに来る。 ボールがないことには練習が出来ないからだ。

  遅くても明日の朝になればここから出ることはできる。 まあ、 夕食が食べられないのと汗だらけの

ままでいるということが不愉快だが。

  それよりも誰がどういう目的で自分をここに閉じ込めたのか、 そのことが気になる。

  部の誰かの仕業なのか、 それとも別の……

 「……恭生。」

  考えをめぐらせていた恭生は、 突然背後から聞こえてきた声にびくっとした。

  慌てて振り返るとジェフリーが跳び箱の影から出て来るのが目に入った。

 「ジェフリー? 何でお前が……。」

  言いかけて、 相手の落ち着いた様子にはたと気づく。

 「もしかしてお前か、 俺をここに閉じ込めるよう仕組んだのは。」

 「正解。 君があんまり強情はるから、 二人だけでじっくり話しあいたいと思ってね。 友達思いの君の

仲間が喜んで協力してくれたよ。」

  実を言うと悩みこんでいるジェフリーに話を持ち出したのは、 知哉と山脇の方だった。 彼らは二人の

様子をジェフリーから聞き出すと、 二人だけでじっくり話し合えとこの場を用意してくれた。

  その嬉々とした様子に、 彼らが面白がっているのだろうということは察せられたが、 とりあえず恭生と

ゆっくり話をしたいジェフリーはその申し出をありがたく受けた。

 「仲間っていうと山脇達だな。 あいつら……ここを出たら覚えてろよ。」

  頭に浮かぶ悪友達の顔に、 恭生は悔しそうにつぶやいた。

 「お前もお前だよ、 あいつらの口車に簡単に乗りやがって。 後で散々からかわれるぞ。」

 「こうでもしないと君はろくに口もきいてくれないじゃないか……あのときから。」

  ジェフリーの言葉にびくっとする。

 「恭生、 何度も言うがあのときの言葉は嘘じゃない。 いいかげん信じてくれないか。」

 「……またその話か。 しつこいな、 お前も。」

  自分を見つめるジェフリーの真摯な眼差しから逃れるように、顔を背けながら恭生は小さな声で文句を

言った。

 「しつこくても信じてくれるまで何度でも言う。 君が好きだ、 優生よりも誰よりも。 信じてくれ。」

 「……信じない。」

  もう何度も繰り返された言葉のやりとりだった。

 「いいかげんにしてくれよ。 同じことばっかり聞き飽きたよ。」

  恭生はうんざりだという顔をする。

  しかしジェフリーはそううそぶく彼の固く握られた手が震えているのを見逃さなかった。

 「まだまだ言い足りないくらいだよ。 君が信じてくれるまで……いや、 信じてくれてもずっと言い続ける

つもりだから。 ……言葉で伝えるだけじゃあないけど。」

  覚悟するんだね、 と笑うジェフリーに、 恭生は真っ赤になった。

 「かっ勝手なこと言ってんなっ」

  狼狽して怒鳴るが、 ジェフリーは涼しい顔で笑っている。

 「……恭生、 俺はそれよりもどうしても聞きたいことがある。」

  笑いの残る顔で近づくジェフリーに、 恭生は嫌な予感がした。

  思わずあとずさるが、 すぐ扉に背がついてしまった。

  ジェフリーはそんな恭生にためらうことなく近寄ると、 逃げられないよう両手を扉につき恭生を腕の中

に閉じ込めてしまった。

  うろたえる恭生と目を合わせるように屈みこむ。

 「俺はずっと自分の気持ちを君に伝えてきたけれど、 君の気持ちを聞いていない。 ……君はどうなんだ。

俺のこと少しは好き?」