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 「……またやってる、 あの二人。」

  合宿初日から続いている光景に、 知哉は呆れた顔をした。

  視線の先では、 恭生と飛び入りのアメリカ人が何やら言い争っている。 といってもよく見ると話している

のは金髪の彼の方だけで、 恭生は一生懸命何かを訴えている彼を無視するかのようにひたすら無言を

通している。

 「よくやるよ、 あいつら。」

 「ほんと、 いいかげん恭生も意地張らずにジェフリーに口きいてあげればいいのに。」

 「頑固だからなあ、 あいつも。」

  ジョギング後の柔軟をを終え、 体育館の隅に座りこんだ知哉と山脇は外の光景を眺めながらのんびりと

話していた。

 「あの人、 小須賀先輩の何なんですか?」

  そんな二人に1年の高見が近寄ってきてタオルを差し出した。

 「サンキュ、 高見。 ……何って……何だろ、 友達?」

 「恭生んちの居候だろ、 友達……って感じでもないしな。 だいたいどうしてあいつ合宿に参加してんだ?」

  山脇の問いかけに知哉もはっきりと答えることが出来ない。

 「小須賀先輩を追っかけてきたのかなあ……1週間離れ離れってのは長いですもんね。」

 「恭生をっ?」

 「追っかけるっ?」

  高見のつぶやきに、 山脇と知哉が申し合わせたように奇声をあげる。

 「えっえっ だってあんな見え見えじゃないですか。 あいつが小須賀先輩に気があるのは。」

  二人の驚いた様子に高見の方がびっくりした顔をする。

 「考えてなかったな、 それは。」

 「ああ、 こんな合宿に参加するなんて変な奴とは思ったけど。」

 「……でも、 そうだよな。 考えてみればそれが一番しっくりくる理由だよな。 合宿始まってからずっと

あいつ恭生に引っついてるし、 他の奴と仲良さそうにしゃべってるとなんか不機嫌だし。」

 「昨日の晩飯の後さ、 恭生を風呂に誘った奴がすごい剣幕でジェフリーに追い返されたってさ。」

 「……まあ、 恭生も人気者だからな。 下心見え見えだったんだろよ、 そいつも。」

 「そういや、 布団の位置決めるときもえらく揉めたよな。 ジェフリーがどうしても恭生を部屋の端にするって

きかなくて。」

 「自分が隣に陣取ってたな。」

  そう考えれば思いあたることはたくさんあった。 今まで思いつかなかったことが不思議なくらいに。

 「恭生も変な奴に惚れられたな。 あれはしつこいぞ、 絶対。」

 「アメリカ人は押しが強いっていうしな。 ちょっとやそっとじゃ諦めなさそうなタイプだよな、 あいつ。」

  言いながら二人目を合わせてにやりとする。

 「でも面白そう。」

 声をそろえる二人に、 高見は隣で 「小須賀先輩も気の毒に……」 と心の中でつぶやいた。





  悪友二人の無責任な会話など知らず、 恭生は毎日側に来てはひたすら自分の恭生に対する気持ちを

訴え続けるジェフリーに、 神経をすり減らしていた。

  毎日毎日 「恭生が好きだ。」 と囁かれ、 それを信じたい気持ちと信じ切れない気持ちとに心が揺れ動く。

  もともと恭生はジェフリーが好きなのだ。 その好きな相手から真剣な目で愛を告げられて、 嬉しくない

はずがない。

  しかしもし自分も好きだと告げた後で、 やはり彼が好きなのは優生だと言われたらと思うと、 その時の

自分がどうなるのだろうと怖くなり、 どうしても応えられない。

 「好きだ。」 と告げられるたびに、 「俺も。」 と言ってしまいそうになる自分を、 恭生は必死に抑えていた。





  一方、 ジェフリーも何度愛を告げても信じてくれない恭生に苛立ちを隠せなくなっていた。

 「恭生が好きだ。」 と囁くたびに、 彼は不信の眼差しでジェフリーを見る。 が、 その中に不安とかすかに

期待の色も混じっていることにジェフリーは気付いていた。

 ”もしかして恭生も少しは自分のことを……”

  そう思うと、 何とかして恭生の不信感を取り除こうとジェフリーはさらに躍起になって彼を口説いた。

  ジェフリーが必死になるのにはもう一つ訳があった。

  それは部員達の存在だった。

  以前にも優生が恭生がもてることを仄めかしていたが、 実際合宿に来てそれは現実問題として彼の

前に出てきていた。

  練習中や食事中に何かと理由をつけては恭生に近寄ろうとする奴、 練習が終わって皆が合宿所に戻る

途中、 恭生を体育倉庫に誘おうとした奴もいた。 もちろんジェフリーが追い払ったが、 恭生の方ではそんな

部員の下心に気付いた様子もなかった。

  昨夜もそうだ。 彼を風呂にと誘いにきた3年は、 鼻の下が伸びていて恭生の風呂場の姿を想像している

だろうことが見え見えだった。

  今まではなんとかそんな奴らを追い払うことが出来たが、 今後もそう上手くいくとは限らない。

  恭生本人は奴らがそんな下心を持っているなど、 考えてもいないようなのだ。 もし誘われたらひょこひょこ

とついて行ってしまいそうだ。

 ”何とかしないと……。”

  本当ならば部員達の前で、 恭生は自分のものなのだと声を大にして言いたかった。

  彼に手を出すものは容赦しないと。

  しかし今のジェフリーの立場ではそう言うことも出来ない。

  恭生がまともに話を聞いてさえくれないことが悩みだった。

  部活の合間をぬっての会話では、 じっくり話すことなど出来ない。 ましてや彼はジェフリーが近寄ると

身構えてしまって話をするどころではない。

  「どうすれば……。」

  悩みながら体育館の中でボールをぼんやりともてあそんでいると、入り口で彼を手招きする姿がある

ことに気付いた。