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  目を開けると白い天井が見えた。

 「……?」

 「恭生、 気がついたか?」

  どこだかわからずベッドの上でぼうっとする恭生に、 ジェフリーが嬉しそうに傍らからのぞき込んだ。

 「ここ……保健室?」

 「すまない、 俺のひじがあたって……。」

 「ああ、 そういや何か頭にぶつかって……って俺気失ってたのか。 うわ、 みっともねえ。」

  そう言って身を起こそうとするが、 ジェフリーがそれを慌てて押さえつける。

 「何するんだよ。」

 「まだ横になっていた方がいい。」

 「大丈夫だって、 さっさと部活に戻るぞ。」

 「だめだ、 今日はもうやめておいたほうがいい。」

 「んな大げさな……。」

  ジェフリーの言葉に恭生が反論する。

 「おいおい、 こんな所で騒ぐなよ。 うるさいぞ。」

  起きる、 寝ていろと問答していると、 側から呆れたような顔をした男性が顔を出した。

 「お前ら、 騒ぐなら外に出ろ。 小須賀ももう大丈夫だろう、 ほら出ろ出ろ。」

 「まだだめだっ もしものことがあったら……。」

 「ただの軽い脳震盪だと何度も言ったろうが。 ……小須賀、 こいつ誰だ? さっきからうるせえの

なんのって。」

 さっさと保健室から追い出そうする男に、 ジェフリーが食ってかかる。 それを男がまたうるさそうに

あしらいながら、 恭生に尋ねてきた。

 「ごめん、 先生。 俺んちに居候してる奴。 ジェフリーって言うんだ。」

 「ふ〜ん、 で? お前のこれか?」

  男、 保険医が親指を立てて見せた。

 「っ! 何ばかなこと言ってんだよっ んなわけないだろうっ」

 恭生が真っ赤になって反論する。

 「そうか? この心配のしようからそうかと思ったんだが。 こいつ、 お前が目覚ますまでずっと横で

へばりついてたぞ。」

  保険医の言葉に、 恭生がびっくりした目で隣のジェフリーを見た。

  ジェフリーは恭生が保険医と話している間中も、 ずっと心配そうに恭生を見ていた。

 「こらお前ら、 そんな所で見つめあっていないでさっさと出ろ。 ここは怪我人、 病人のくるところだぞ。

大丈夫なら行った行った。」

  保険医に追いたてられるように、 二人は保健室を出た。

  そのまま体育館に戻ろうとする恭生を、 後ろからジェフリーがはらはらしながらついて行く。

 「恭生、 やっぱりもう少し休んでいた方が……。」

 「だからもう大丈夫だって言ってるだろう。 先生もああ言ってたし。」

 「でも……。」

  なおも引きとめようとするジェフリーに、 恭生が思い余ったように言い出した。

 「大体なんでお前がそんなに俺のこと心配するんだよ。 こんなところにまで来て、 合宿にまで参加してっ

お前がこんなことして一体なんの得があるってんだよ。 さっさとうちに帰って優生の相手してろよ。 夏休み

の間しか日本にいられないんだろ。 こんな所で俺にかかわずらっている場合かよっ」 

  けんか口調で言う恭生をジェフリーがじっと見つめる。

 「な、 なんだよ。」

 何も言い返さずに、 ただじっと自分を見つめてくるジェフリーに、 恭生は居心地悪いものを感じた。

 「……恭生、 俺は恭生の側にいたいからここにいるんだ。」

  ジェフリーが静かに口を開く。

 「もっと前に言いたかったけれど、 君がこの間から何故か俺を避けるから、 なかなか言えなくて……。

思い余って逸生に頼みこんで、 特別に合宿に参加できるよう学校に交渉までしてもらった。 少しでも

恭生と一緒にいたいから。 君の言うとおり、 俺が日本にいられるのは夏休みだけだからね。」

 「……何言ってんだよ、 お前。」

  思いがけない話に、 恭生が戸惑った顔をした。

 「……君が好きだって言ってるんだ。」

  そう言うとジェフリーは、 真剣な目でまっすぐ恭生の顔を見た。

 「な……っ」

   突然の告白に恭生は頭が真っ白になった。

 「いいかげんなこと言うなよっ お前が好きなのは優生だろっ 勘違いしてんんじゃねえよっ」

 「嘘じゃないっ」

  真っ赤な顔で怒鳴り出す恭生に、 ジェフリーが真剣な表情のまま言い返す。

 「確かに俺が日本に来たのは優生のためだ。 ビデオの優生に恋をして、 どうしても会いたくて。

でもっ 今は違う。 日本に来て君に会って、 毎日君と話したりふざけたり街に出たり、 そんな他愛の

ないことが楽しくて、 いつのまにか君が家に帰ってくるのが待ち遠しくて、 君の顔を見るのが嬉しくて

気がつくと君を目で探していて……でも、 それがどうしてなのか、 ずっと自分ではわからなかった。

あの日、 君の話を逸生達から聞いて、 君のことがとても愛しくなった。 君が苦しんでいるときに俺が

側にいて抱きしめてあげられたらよかったのにと思った。 そして、 君のことがとても好きになっている

自分にやっと気付いた。 ……今、 俺が本当に好きなのは君だけだ。」

  そう言い切るジェフリーに、 恭生は何も言えなかった。

  たった今までジェフリーが好きなのは優生なのだと思っていたのだ。 だから、 自分のことを見てくれる

ことはない、 好きになってくれるはずはないと、 ずっと自分に言い聞かせてきた。 諦めるしかないんだと。

  それが今、 好きなのは恭生だとはっきり言って、 まっすぐ自分を見つめている。

  恭生はじわじわと自分の中に嬉しさがこみ上げてくるのを感じた。 が、 それと同時に彼の言葉に不信

感を持つ自分にも気付いていた。

  あまりにも簡単に好きだと言ってくる彼に。

 「……られない。」

 「え?」

 「信じられるかって言ってんだよっ! だってそうだろ。 お前あんなに何度も俺に優生のこと好きだって

言ってたじゃないか。 優生のことが好きで好きで、 だから必死で日本語勉強して、 日本のこと調べて

親説得して日本に来たってそう言ったじゃないか。 それが今は俺の方が好きになったって? そんなこと

はいそうですかって簡単に信じられるわけないだろっ」

  泣き出しそうな顔でそう言うと、 恭生はくるりと向きを変えて合宿所の方へと走り去ってしまった。

  「……信じられない、 か・・…。」

  残されたジェフリーはぽつりとつぶやくと、 深くため息をついた。