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  ジェフリーはいらいらと、 恭生の帰りを待っていた。

  結局あれから5日間、 恭生とはほとんど話ができなかった。 ジェフリーが彼に話しかけようとすると

「試験勉強があるから。」 と逃げられてしまうのだ。

  部屋にも鍵をかけられるようになり、 中まで入ることができない。

  おかげでジェフリーは、 毎晩部屋の前でうろうろと恭生が出てくるのを待つのが日課のようになった。

  優生など 「お預けくらってる犬みたいだね。」 と笑う始末だ。

  ジェフリーにとっては笑いごとではないのだが。

  恭生と思うように話せないこの数日間は、 彼の思っていた以上に精神的にこたえた。 恭生のことが

頭から離れず、 何も手につかないのだ。 外に出て気晴らしをする気にもなれない。 ただひたすら恭生が

学校から帰ってくるのを待ち、 なんとか彼と話しをしようと試みる毎日だった。

  今日こそは、 と玄関先で陣取っていると、 優生が 「ただいま〜」 と学校から帰ってきた。

 「あれ、 また恭兄さん待ってるの? ……もしかしてまだちゃんと話し合っていない?」

  優生の問いかけにジェフリーはむっつりと頷く。

 「うそっ もう五日も経ってるのに? 何やってんだよ。 一体。」

 「しかたないだろ。 試験で追いこまれているって言われたら、 強く出れないじゃないか。」

 「そんなの口実に決まってるだろ。 兄さん、 普段はいつも試験前でもろくに勉強してないもの。 頭

いいから。」

 「そうなのか?」

 「……兄さんのこと、 ほんとに何も知らないんだね。」 

  優生がはあっとため息をつく。

  それにまたジェフリーがむっつりしていると、 からりと玄関のとびらが開いた。

 「ただいま……」

 「恭生っ」

  扉の向こうに待ち人の姿を見て、 ジェフリーの表情がぱっと明るくなった。

 「……こんな所で何立ち話してるんだ? 邪魔になるだろ。 話すなら優生の部屋にでも行けよ。」

  玄関先に立っている弟とジェフリーの顔を交互に見ると、 恭生は無表情にそう言ってさっさと離れに

向かおうとした。

 「恭生っ 違うっ 俺が君を待っているところにたまたま優生が帰ってきて……ああっ そんなこと

どうでもいい。 恭生、 話があるんだ。」

 「……試験で疲れてるんだ、 後にしてくれ。」

  腕を捕まえて訴えるジェフリーに、 恭生はきつい眼差しを送ると腕を振り解いた。

 「昨日も一昨日もそう言って相手にしてくれなかったじゃないか。 もう試験は今日で終わったんだろう。

明日の土曜は休みだ、 少しくらいいいだろう。 どうしても話したいことがあるんだ。」

 「俺には話すことなんかない。 ……それにいいのか? 優生の前でこんなことして。 誤解されるぞ。」

 「え?」

  優生の言葉に躊躇した間を逃さず、 恭生はするりとジェフリーの脇をすり抜けて彼の引きとめる間も

なく、 離れに消えていった。

 「……何やってんの。 また逃げられちゃって。」

  呆然と彼の消えていった方向を見ているジェフリーに、 優生が呆れた声で言った。

 「だって恭生、 誤解って……俺がまだ優生のこと好きだと……」

 「当たり前だろ、 ちゃんと心変わりしたって恭兄さんに言ってないんだから。 ジェフリーがまだ僕のこと

好きなんだって思ってるに決まってるじゃない。 だから早く話せって言ってるのに。」

  恭生への想いを自覚したジェフリーは、 その時点で優生に本来自分がどうして日本に来たのか、 その

目的を優生に打ち明けていた。 そして、 今は想いが変わってしまったことも。

  たいして感慨もなくその話しを聞いた優生は、 それよりも恭生に早くそのことを打ち明けるように

ジェフリーを急き立てた。

  うすうす兄の気持ちを察していた優生は、 何よりも兄の気持ちを考えていたのだ。 まだジェフリーの

心が優生にあると信じている兄を、 早く楽に、 そして幸せにしてやりたかった。

  もっとも自分の口からは、 兄にもジェフリーにも互いの気持ちを教えるつもりはなかったが。

 ”こういうことは、 最後は本人同士で話し合うべきだもんね”

  外見やしぐさとは裏腹に、 精神的には兄よりもよっぽどしっかりしている弟の思いに気付く様子もなく

当事者の一人ジェフリーは恨めしそうに優生を見ていた。

 「心変わりって人聞きの悪い……」

 「ほんとのことだろ。」

  もはやジェフリーは優生には返す言葉もなかった。





  その夜、 夕食の席には恭生の姿はなかった。

 「あれ、 恭兄さんは?」

  優生の問いかけに、 逸生がああ、 と答えた。

 「友達の家に泊まりに行くって言っていたよ。 この土、日、 部活もないから、 骨休みするってさ。」

  がたん!

  ジェフリーがその言葉に飛び上がった。

 「泊まるって、 誰の家に? いつ帰ってくるんだっ?」

 「さあ……まあ明後日には帰ってくるよ。 来週からは夏休みといってもまだ前半は学校あるからね。」

  遊ぶにしても夏休みまではおとなしくしてるだろう、 と逸生が言うと、 優生がちろりとジェフリーを見た。

 「ほらみろ、 さっさとしないから逃げられた。」

 「……でも来週から夏休みなら家にいるってことだな。 となるといくら恭生でも……」

  夏休みと聞き、 1日中恭生といられるだろうと目を輝かせるジェフリーに、 優生が水を差すように言った。

 「甘いね。 夏休みに入るとすぐ部の合宿があるって恭兄さん言っていたよ。 そうすると一週間は離れ

離れだね。」

 「一週間?! 恭生、 何かクラブに入っていたのか? 何の合宿だ?」

  目論見が外れ、 ジェフリーがショックを受けたように言う。

 「……兄さんがバスケ部に入ってることも知らないの? 呆れたね。 毎日何見てたのさ。」

  優生が胡乱な目でジェフリーを見る。 その視線にジェフリーは気まずい顔をした。

  確かに今まで恭生のことをこちらからは何も聞こうとしなかったし、 知ろうともしなかった。 ただ毎日

なんでもないことをしゃべっているだけだったのだ。

  恭生のことを知りたいと思ったときには、 彼とは話すこともままならなくなっっていた。

  ジェフリーは、 今まで自分の勝手で彼を振りまわしていたつけが回ってきたのだと思った。

 「バスケ部か……」

 「いいの? 兄さん結構人気あるんだって。 部の中にもファンの人たくさんいるらしいよ。 うかうか

してると誰かに先越されたりして……合宿なんてチャンスだろうしね。」

  何か考え込んだジェフリーに、 優生が横からとんでもないことを言い出した。

  その言葉にジェフリーがはっと顔を向ける。 

 「優生、 やめなさい。 気の毒に、 彼が慌ててるだろう。 そんなからかうようなこと言うんじゃない。 とは

いうものの恭生が人気あるというのは否定しないけどね。」

  逸生が優生をたしなめるように言うが、 その顔は面白そうに笑っている。

 「……優生も逸生も俺が困るのがそんなに嬉しいか。」

  ジェフリーがむっとしたように言う。

 「嬉しいなんてとんでもない。」

 「そうそう。 僕はただ恭兄さんがこのまま元気ないの嫌だなあって思ってるだけだもん。 誰か兄さんを

元気づけてくれないかなあって。」

  二人がにこにこと答える。 が、 ジェフリーには二人の後ろに悪魔の尻尾が見えるようだった。

  しかし優生の言葉をそのまま聞き捨てることもできない。 確かにあの綺麗な恭生なら、 学校でも

相当もてることだろう。 そして合宿で1日中一緒にいることになるとしたら……。

  「……優生、 逸生。 ちょっと相談があるんだが……。」

  そう言い出したジェフリーの目は、 何かを企むようにきらりと光っていた。