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  ジェフリーは恭生の部屋の前で立っていた。

  ドアノブに手をやりかけてためらってしまう。 昨日までは何も考えず簡単に開けていた扉が、 今の

彼にとって大きな壁に思えるのだ。

  少し考え、 ジェフリーは小さくトントンとノックした。

 「恭生? いるんだろう。 ……入ってもいいか?」

  声をかけると、 しばらくの間を置いて中で物音がした。 そのままジェフリーがじっと待っていると

かちゃりとドアが開き、 恭生が顔を出した。

 「……何だよ。 勝手に入ってこないなんて珍しいな。」

  何事もなかったかのように笑いながら言うが、その顔はまだ少し青ざめたまま笑みもぎこちない。

 「恭生、 さっきは……」

 「さっきは悪かったな、 あんなとこ見せちまって。」

  あやまろうと口を開いたジェフリーの言葉をさえぎるように、 恭生が早口で言った。

 「確かに優生には余計な口出しだったよ。 踊りをやめた俺が偉そうなこと言えるわけないのに。」

 「恭生、 そうじゃない。」

  自嘲するように言う恭生の寂しそうな顔にたまらなくなったジェフリーは、 彼を部屋の中に押し込み

ドアを閉めると自分の腕の中に抱きしめた。

 「ジ、 ジェフリー?」

  戸惑う恭生を逃がさないというように、 さらに腕に力をこめる。

 「謝らなければならないのは俺のほうだ、 すまない。 ……逸生さんから君のこと聞いた、 君が踊りを

やめた理由。」

  腕の中で恭生がぴくりと動いた。

 「何も知らずに君にひどいことを言ってしまった。 許してくれ。」

 「……いいよ、 本当のことだ。 俺はできるのに、 踊ることすらやめてしまったんだから。 舞台に立て

ないっていうだけでさ。 だらしないよな。」

 「違う、 恭生。 それは……」

 「悪い、 今日はこれ以上話したくないんだ。 ……試験勉強もしなきゃならないし、 またにしてくれ。」

  恭生がジェフリーの腕の中からするりと抜け出した。

 「恭生っ」

 「ほんと、 気にしなくていいから。」

  そう言いながらジェフリーをドアの外へ押しやる。

 「恭生、 俺はっ・・・・・・」

  なおも話そうとする彼の目の前で、 パタンとドアが閉められ、 さらに鍵をかける音がした。

  完全にシャットアウトされたジェフリーは、 その場に呆然と立ち尽くしていた。







  ジェフリーを部屋の外に押し出した後、 恭生はその場に座り込んでいた。

 「許してくれ……か。」

  彼の言葉を口の中で繰り返し、 小さく笑った。

  確かにあのときのジェフリーの言葉は、 恭生にとって痛い一言だった。

  踊りから離れたといっても、 家の中にいるとどうしても兄や弟、 弟子達が稽古する様子などが目に

入ってくる。 音楽がかすかに聞こえてくるとどうしようもなく踊りたくなる。

  夜中に一人、 誰もいない稽古場に立って泣いたことも数知れない。

  諦めるんだと心の中でどれだけ繰り返しても、 どこかで踊ることを諦めきれていない自分を、 恭生は

自覚していた。

  それでも、 父や兄にもう一度踊りたいとは言わなかった。

  踊れば踊るほど、 舞台に立てない自分に絶望していくことを知っていたから……。

  だからあのジェフリーの一言は、 恭生の心に深く突き刺さった。

  もう自分には踊りのことを口にする資格はないのだ、 と。

  しかし恭生がショックを受けたのは、 そのことだけではなかった。

 あの時、 優生をかばい自分を非難する彼に、 恭生は弟を庇うジェフリーの姿に自分がより深くショック

を受けていることに気付いた。

  そしてどうしてそれがショックなのかも。

 ”ばかみたいだ。 あいつが優生を好きなことは最初からわかっていたのに・・・・・・”

  いつのまにか彼のことが好きになってしまっていたことに、 そしてこんな状況にならないと気付くこと

ができなかった。

  踊りをやめてから無意識のうちに家族を距離を置いてしまっていた自分。

  知らず知らず孤独感を感じていたのだろう自分の目の前に突然現れ、 ジェフリーは好き勝手に振り

まわしてくれた。 最初はうっとおしいばかりだった存在が、 いつのまにか側にいると居心地のいい存

在になっていた。 彼が自分に向ける優しい視線が心地いいと感じるようになっていた。

 ”あいつが俺を好きになってくれるわけないのにどうして……”

  最初から望みのない相手を好きになってしまった自分に、 恭生は自嘲するしかなかった。