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  思いがけず思いきり遊んで楽しい気分のまま、 二人が夕方家に帰ると、 奥の方が何やら騒がし

かった。

 「何だろ。」

  不思議に思った二人が奥に向かうと、 稽古場の方から突然優生が飛び出してきた。 その後から

逸生も出てくる。

 「優生? どうした、 何かあったのか?」

  二人のただならぬ様子に、 恭生は目の前を走ってきた優生の腕を捕らえて尋ねた。

 「恭生、 帰ったのか。 ちょうどいい、 そのまま優生を捕まえていてくれ。」

  逸生が厳しい顔つきで近寄ってくる。

 「兄さん、 何?  優生が何か?」

  兄に言われたとおり腕を捕らえた状態で恭生が弟の顔を見下ろすと、 優生は唇をかみしめて黙っ

たまま彼から顔を背けた。

 「優生?」

  ジェフリーもこの場の不穏な雰囲気に顔を引き締める。

  近くまで来た逸生は、 厳しい顔のまま優生に向かって言った。

 「稽古場に戻るんだ、 優生。 いまさら発表会に出ないなんて冗談にしてもほどがある。」

  逸生の言葉に驚いたのは恭生とジェフリーだ。

 「発表会に出ない?! どういうことだよ、 一体。」

  恭生が表情を一変させて優生を問いただす。

 「こいつ、 いつまでたっても自分の思うように踊れないからかんしゃく起こしてんだよ。」

 「違う! 自分の納得いかない踊りを人前でなんて舞えないって言ってんだよっ」

  優生がキッと逸生を睨みつけた。

 「まだ日にちはあるだろ、 最後の最後まで練習してみろよ。」

 「練習したって無駄だよ。 今までずっと練習してきても全然できないんだもん。 父さんや逸生兄さん

の言ってること、 頭じゃわかるのにどうしたらいいのかわかんないんだもん。 無理だよ、 もう。」

  恭生がなだめるように言うが、 優生はその言葉にも首を振り続けた。

 「優生、 お前にできないことを俺も父さんも言っていない。 感さえ掴めればいいんだ。 その為にも

練習を続けないと。」

 「できないったらできないんだって。 もう嫌だ、 僕には無理だよ。 もうやめるっ 踊りなんてっ」

 「優生っ!!」

  突然恭生が怒鳴った。

 「甘ったれたこと言うなっ! そうやって甘えたこと考えてるからできないんじゃないのか。 そんな

こと考えてるひまがあったら、 少しでも練習しろっ 発表会には必ず出るんだっ」

  めったに怒鳴らない恭生の厳しい声に、 優生ははっとする。

 「恭生。」

  そのまま続けて言おうとする恭生を、 横から止める手があった。

  見ると、 ジェフリーが繭を顰めて彼を見ていた。

 「恭生、 そんなに怒ることないだろう。 優生も苦しんでいるんだ。 彼の気持ちも考えないと。」

 「お前は黙っていてくれ。 こんな安易に踊りをやめるなんて口にするのが、 俺は許せないんだ。」

  恭生は少しも引かずに言い返した。 その言葉にジェフリーはむっとする。

 「君が言う言葉じゃないんじゃないか。 君だって向いてないって一言で簡単に踊りをやめたんだろ。」

  彼の一言に恭生は真っ青になった。

 「ジェフリーっ!」

  優生と逸生も顔色を変える。

 「……そうだな。 俺が言う言葉じゃないな。」

  青ざめた表情のまま恭生は静かにそう言うと、 くるりと背を向けて離れに歩いていった。

 「ジェフリー! お前なんてことを言ったんだよっ 恭兄さんに謝れっ」

  先程までのかんしゃくじみた態度が嘘のように、 優生は泣きそうな顔でジェフリーに食ってかかった。

 「え、 だって……。」

  思っても見なかった方向からの反撃に、 ジェフリーは目を白黒させた。 彼にはどうして優生から

責められなければならないのかわからない。

 「優生、 やめなさい。 彼は知らずに言ったんだから。」

  逸生が先程とは違う静かな口調で、 弟をなだめた。

 「とは言っても、 さっきの一言はまずかったな。」

  とうとう泣き出す弟をなだめながら、 逸生はジェフリーの顔を見てため息をついた。

  ジェフリーには何がどうなっているのかわからない。

  そんな彼の様子に、 逸生は決心したように言い出した。

 「これは内輪のことだし、 恭生個人の問題だからあいつが言い出さない限り、 僕達は言わない

つもりだったけどね。 ……あいつが踊りやめたの、 向いているとか向いていないとか、 そんな簡単

な理由じゃないんだよ。 」