君が好き

 

 

 

   

  しんと静まり返った部屋の中は、 弘海が生きていた頃のままだった。

  出かけるときに急いでいたのだろう、 脱ぎ散らかした服がベッドの上に放り出された

ままだ。

  机の上に置かれた開いたままのノート。

  袋から出されてもいない雑誌。

  無造作に置かれた数々のものが、 今も主の帰りを待っているようだった。

  朔巳はまた悲しみが込みあげてくるのを感じた。

  その時、 眼の端に何かが点滅しているのが映った。

  見ると、 ベッドの脇に置かれたノートパソコンの電源だった。

  小さく光るその光に吸い寄せられるようにふらふらと近寄る。

  ベッドに腰掛け、 そっとノートを取り上げる。

 ” 多谷さんと明日会うんだ ”

  突然、 弘海の嬉しそうな声が頭の中に響いた。

 「……多谷………」

  そうだ、 あの時弘海は次の日に会う多谷のために服を買いに行ったのだ。

  次の日………っ

  朔巳ははっとして手元のノートを見下ろした。

  あれからもう数週間経っている。

  多谷はあの約束の日、 どうしたのだろうか。

  弘海が死んでしまったことなど当然知る由もない。

  まさか……

  急いでノートを開き、 持っていた携帯を接続する。

  設定など分からない弘海に代わって朔巳がしてやったので、 パスワードなどは

当然知っている。

  メールを確認すると、 思った通り何通ものメールが届いていた。

  弘海の亡くなった次の日から毎日毎日。

  着信記録を見ていく。

  何日か続いたそれは、 ほんの数日前で途切れていた。

  震える手で最後のメールを開く。

  途端、 飛びこんでくる言葉。

  ” どういうことだ?”

  不信に満ちた言葉でその文は綴られていた。

  どうしてあの日来なかったのか、 どうしていつまでも返事がないのか。

 ” 俺をからかったのか? ”

  ふざけた真似しないでくれ。

  非難するような言葉でそのメールは終わっていた。

 「違う……」

  思わず朔巳は声に出して言っていた。

  違う!

  弘海はそんなことする子じゃないっ

  本当に多谷と会いたがっていたんだっ

  多谷の誤解を解こうと、 弟の死を伝えようとメールを書きかけて朔巳の手が

ふと止まった。

 ” 俺、 多谷さんのことすっごく好きっ ”

 ” 恋人になりたいなあ ”

  そう目を輝かせていた弘海。

  今、 弟の死を伝えてしまうと、 もう弘海と多谷を繋ぐものは何もなくなる。

  多谷は会ったこともない弘海のことをすぐ忘れてしまうだろう。

  朔巳はじっと自分の手を見つめた。

  自分は弘海の最後に残った気持ちまで殺してしまうのか?

  そんなことが出来るのか?

  心の中で葛藤する。

  目に映る画面の中の多谷の言葉が、 朔巳の感情を揺さぶる。

  そんな中、 朔巳の心の中にもう一つ別の声がした。

  この中に多谷がいる。

  ずっと想いつづけていた多谷が……。

  この小さな機械が多谷と自分を繋ぐたった一つのものなのだ。

  自分の心の中に誘惑が起こるのが分かる。

  そして……








  朔巳は震える手でキーを打ちはじめた。

 ” お返事遅くなってごめんなさい…………    ”