君が好き
7
しんと静まり返った部屋の中は、 弘海が生きていた頃のままだった。 出かけるときに急いでいたのだろう、 脱ぎ散らかした服がベッドの上に放り出された ままだ。 机の上に置かれた開いたままのノート。 袋から出されてもいない雑誌。 無造作に置かれた数々のものが、 今も主の帰りを待っているようだった。 朔巳はまた悲しみが込みあげてくるのを感じた。 その時、 眼の端に何かが点滅しているのが映った。 見ると、 ベッドの脇に置かれたノートパソコンの電源だった。 小さく光るその光に吸い寄せられるようにふらふらと近寄る。 ベッドに腰掛け、 そっとノートを取り上げる。 ” 多谷さんと明日会うんだ ” 突然、 弘海の嬉しそうな声が頭の中に響いた。 「……多谷………」 そうだ、 あの時弘海は次の日に会う多谷のために服を買いに行ったのだ。 次の日………っ 朔巳ははっとして手元のノートを見下ろした。 あれからもう数週間経っている。 多谷はあの約束の日、 どうしたのだろうか。 弘海が死んでしまったことなど当然知る由もない。 まさか…… 急いでノートを開き、 持っていた携帯を接続する。 設定など分からない弘海に代わって朔巳がしてやったので、 パスワードなどは 当然知っている。 メールを確認すると、 思った通り何通ものメールが届いていた。 弘海の亡くなった次の日から毎日毎日。 着信記録を見ていく。 何日か続いたそれは、 ほんの数日前で途切れていた。 震える手で最後のメールを開く。 途端、 飛びこんでくる言葉。 ” どういうことだ?” 不信に満ちた言葉でその文は綴られていた。 どうしてあの日来なかったのか、 どうしていつまでも返事がないのか。 ” 俺をからかったのか? ” ふざけた真似しないでくれ。 非難するような言葉でそのメールは終わっていた。 「違う……」 思わず朔巳は声に出して言っていた。 違う! 弘海はそんなことする子じゃないっ 本当に多谷と会いたがっていたんだっ 多谷の誤解を解こうと、 弟の死を伝えようとメールを書きかけて朔巳の手が ふと止まった。 ” 俺、 多谷さんのことすっごく好きっ ” ” 恋人になりたいなあ ” そう目を輝かせていた弘海。 今、 弟の死を伝えてしまうと、 もう弘海と多谷を繋ぐものは何もなくなる。 多谷は会ったこともない弘海のことをすぐ忘れてしまうだろう。 朔巳はじっと自分の手を見つめた。 自分は弘海の最後に残った気持ちまで殺してしまうのか? そんなことが出来るのか? 心の中で葛藤する。 目に映る画面の中の多谷の言葉が、 朔巳の感情を揺さぶる。 そんな中、 朔巳の心の中にもう一つ別の声がした。 この中に多谷がいる。 ずっと想いつづけていた多谷が……。 この小さな機械が多谷と自分を繋ぐたった一つのものなのだ。 自分の心の中に誘惑が起こるのが分かる。 そして……
朔巳は震える手でキーを打ちはじめた。 ” お返事遅くなってごめんなさい………… ”
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