君が好き

 

 

 

   

  即死、 だったという。

  歩道を歩いていた弘海に暴走したバイクが突っ込んできたのだ。

  バイクを運転していた青年は軽傷だった。

  病院で必死に頭を下げる両親の隣で憮然とした顔で突っ立っている若い男の表情には

少しの罪悪感も感じられなかった。

  こんな男に……。

  酒に酔っていたのだと言う。

  酔って運転を誤ったと。

  そんな男のために弟は命を落としたのか。

  そう思うと、 朔巳は悔しさでやりきれなかった。

  目の前で白い布に包まれて横たわる弘海に両親がとりすがって泣いている。

  弟を溺愛していた二人だった。

  そして自分も、 弟を羨み妬みながらも、 それでも彼を愛しく思っていた。

  たった一人の弟だったのだ。

  朔巳は涙に曇る目で冷たく横たわる弟を見下ろした。

  ごめん……ごめん、弘海。

  一緒に行ってやればよかった。

  もし自分が一緒についていれば、 弟は死なずにすんだかもしれない。

  今も家で笑っていただろう。

  自分に無邪気に話しかけていただろう。

  あの明るい笑顔で。

  俺が弘海に嫉妬したばかりに……。

  生きている弟を最後に見たあの時、 自分が抱いた感情が忘れられない。

  自分の醜い感情が弟を死に追いやってしまった。

  慙愧と自責の念で足元が崩れそうになる。

  ごめん…………

  朔巳の頬を止めどなく涙が流れた。

 






  葬式がすみ、 火葬場で弘海の遺体が焼かれる。

  朔巳はぼんやりと空に上っていく煙を眺めていた。

  病院から弘海の遺体を引き取ってから今までがまるで嘘のようだった。

  病院から帰ったあの日、 家に入るとお帰り、 と弘海がひょっこり顔を出すんじゃないかと

耳をすませる自分がいた。

  両親が泣きはらした目で遺体の入った棺を安置した和室で呆然と座りこむのを見て、

しんと静まり返った家の中を見て、 弘海がもういないことを痛いほど感じた。

 「……弘海……」

  空に立ち上る煙を見ながら、 朔巳の頬を涙が一筋流れていった。













  弟の死から数週間が過ぎた。

  大学から帰ってくると、 朔巳はそのまままっすぐ2階の自分の部屋へ向かった。

  弘海の死後、 両親はすっかり言葉少なくなった。

  朝や夕食の時も朔巳に話しかけるでもなく、 息子の死のショックから立ち直れていない

様子でただ呆然と日々を過ごしているようだった。

  朔巳も自分から積極的に話しかける気になれず、 だんだんと家の中は静かで寂しい

場所になっていった。

  朔巳は自分の部屋に入ろうとして、 ふと弘海の部屋のドアに目をやった。

  主人のいなくなった部屋は、 あのときからずっと閉ざされたままだった。

  両親は辛い気持ちが蘇るのか、 息子の部屋に近寄ろうともしない。

  その時、 何故中に入ろうと思ったのか。

  朔巳はいつのまにか弘海の部屋のドアを静かに開いていた。