君が好き

 

 

 
                                                                 

 「何着て行こうかなあ。 ねえ、 どんな格好がいいと思う?」

  はしゃぐ弘海の声が聞こえる。

  朔巳は部屋の外から聞こえてくる声に耳を塞いだ。

 





  朔巳の願いも空しく、 多谷から弘海にメールが届いた。

  それは今度の日曜日にでも会わないか、 というものだった。

  それを読んだ弘海の喜びようは大変なものだった。

  そして朔巳の絶望は深まるばかりだった。

  一度弘海に会えば、 きっと多谷も弟の魅力に惹かれてしまうだろう。

  今まで出会った皆がそうであったように。

  どうして弘海が好きになったのが多谷だったのか。

  どうして大勢いる他の誰かではなかったのか。

  そう思わずにはいられなかった。







 「兄さん、 俺明日着ていく服買いに行くけど兄さんも行かない? どんなのがいいか

一緒に見て欲しいんだ。」

  部屋の中に閉じこもっていた朔巳に、 弘海がにこにこと声をかけてきた。

  一瞬その笑顔が憎らしくなる。

 「……ごめん、 明日出さないといけないレポートがあるんだ。 悪いけど……」

  どうにか笑みらしきものを作って答える。

 「そっか……仕方ないね。 じゃあ、 俺一人で行ってくる。」

  残念そうな顔をすると、 弘海はいってきまーすと元気よく出かけていった。

  弟が出ていった後、 朔巳は今度こそ顔を両手にうずめて机に突っ伏した。

  心の中を渦巻く苦しい感情が朔巳を苦しめる。

  多谷への恋しい気持ちは薄れるどころか深まる一方だった。

  そして弟へのどろどろとした嫉妬心。

  いっそ弘海がいなくなれば……

  先程無邪気にはしゃぐ弟の顔を見た瞬間、 そんなことを考えた自分が恐ろしい。

 「どうしたらいいんだ……こんな苦しい気持ち……」

  誰か助けて欲しい。 誰か……!

  朔巳は心の中でそう叫び続けた。








 「……遅いわねえ、 弘海。 どこまで遊びにいったのかしら。」

  母が心配そうな顔で時計を見上げる。

  午後8時半。

  家を出ていったのは昼過ぎだった。

  いくら買い物に時間がかかったとしても遅すぎる。

 「……友達とばったり出会ってカラオケにでも行ってるのかも知れないよ。」

  そう母に言いながらも、 朔巳は何か嫌な予感がした。

 「そうなのかしら……」

  母はまた時計を見上げた。

  父は慰安旅行で今日は戻らない。

  母と二人、 居間でテレビを見ながら朔巳はだんだんと焦燥感にも似た不安が募ってくる

のを感じた。

  時計がカチコチと音をたてて動くのさえ不安感を煽るようで気になる。

  何かとんでもないことが起こりそうな気がする。

  落ち着かない気持ちを抱えて、 朔巳はじっとテレビの画面を見るともなく見つめていた。







  ジリリリリリ……! 

  突然、 電話が鳴った。

 「弘海かしら。」

  母が急いで受話器を取りに台所へと向かう。

 「もしもし? 弘海? 今どこ……え?」

  話しかけた母がはっと息を飲んだのが分かった。

 「……母さん?」

  朔巳が呆然と目を見開く母に恐る恐る問い掛ける。

 「何が……弘海は?」

  母は受話器を持ったまま、 うつろな声でつぶやいた。

 「警察から……弘海が事故に…………」

  その時、 朔巳の脳裏に行ってきますと笑う弘海の姿が浮かんだ。

  ……そして、 そんな弟がいなくなればと願ったあのときの自分が…………。