君が好き

 

 

 

    さらに朔巳に衝撃を与える出来事が起こった。

 「兄さん! 俺、 多谷さんにメール送っちゃったっ」

  父親にパソコンを買ってもらった弘海は、 それからしょっちゅう部屋にこもっては

パソコンのキーの打ち方から勉強するようになった。

  両親はそんな弘海に 「少しは勉強する気になったか」 と素直に喜んでいる。

  しかし弘海の行動の意味を知っている朔巳は、 素直に笑えなかった。

  弘海がパソコンを覚えるごとに多谷に近づいていっているような気になり、 朔巳

の中のもやもやとした不安が募っていくのだった。

  そんな矢先のことだった。

  まさか、 という気持ちと、 ああ、やっぱり、 という気持ちが朔巳の心に浮かんだ。

  積極的な弟がサイトへのメールという接触手段を知ったときに、 その手を使わない

はずがないと分かっていた。

  分かっていながら、 その可能性を無視した。

  そして今、 目の前の弟は興奮気味に自分のしたことを兄に報告している。

 「返事くれるかなあ。」

  嬉しそうに期待に目を輝かせる弟を見ていられず、 朔巳は適当に言葉を

かけると、 自分の部屋へと入っていった。

  部屋の自分のベッドに転がりながら、 胸の内に湧き上がるどす黒い感情を

もてあます。

  弘海が悪いわけじゃない。

  弟ははただ自分の好きな相手にメールを送っただけ。

  自分の気持ちを知っていてやったことじゃない。

  そう思いながらも、 嫉妬の感情を消しきることが出来ない。

  以前からサイトのことを知っていながら、 あんなにサイトに通っていながらメールの

一つも出せなかったのは自分ではないか。

  掲示板やメールを書くことで、 自分の気持ちを見透かされそうな気がして、 怖くて

どうしても書けなかった。

  こんなにも弱い自分が嫌になったのは初めてだった。






  朔巳の気持ちとは裏腹に、 弘海の書いたメールは多谷の目に止まったらしい。

  あれからすぐ返事が届き、 今では毎日のようにメールの交換をしている。

  初めて多谷からメールが届いたときの弘海の喜びはすごいものだった。

  頬を真っ赤にして興奮し、 嬉しそうに何度も画面の文面を読んでいた。

 「またメール欲しいって!」

  そうはしゃぐ弟の姿に、 朔巳の胸がずきりと痛む。

  多谷さんと話合うように勉強しなきゃ、 と今まで見向きもしなかった歴史の本を

手に取るようになった。

  朔巳にもいろいろと訊ねてくる。

 「田谷さんて俺が尋ねたこと、 とっても優しく教えてくれるんだよ。」

  朔巳に分からないことを聞きながらも、 嬉しそうにメールの話をする。

 「俺、 彼のことすっごく好きになっちゃった。 恋人になりたいくらい。」

  恋人の言葉に朔巳がどきりとした。

  まさか、 と思う。

  思いたかった。

  もうこれ以上は嫌だった。

  毎日のように多谷とのメール交換の様子を見せられ、 話を聞かされ、 それだけで

耐えられないほど辛かった。

  それなのにまだこれ以上……。

  そう心の中で叫ぶ朔巳に、 弘海はあのね、といたずらっぽく笑った。

 「俺、 昨日のメールでこう書いたんだ。 今度よかったら会ってくれませんかって。」

  その瞬間、 朔巳は目の前が真っ暗になるのを感じた。