君が好き

 

 

 

    その日から弘海は毎日のように、 朔巳のパソコンで多谷のサイトを覗くようになった。

そして新たに発見したことを嬉しそうに朔巳に報告する。

 「兄さん、 多谷さんってすごいんだよ。 高校生のときに全国の遺跡を歩き回ってたん

だって。 今の僕と同じ年の時にだよ。 すごいよねえ。 かっこいいなあ。」

  そう目を輝かせて話す。

  朔巳はへえ、と初めて聞く振りをしながら、 無邪気に自分の気持ちをあらわにする

弘海に複雑な思いを抱いていた。

  もともと多谷に惹かれたのは自分の方が先なのに。

  弟はそんな自分の気持ちも知らず、 多谷への恋心を隠そうともしない。

 「いいよねえ、 多谷さんって。 ああ、 どうしたら彼と親しくなれるんだろ。 兄さんは

あんまり彼と話さないんだよね。」

  弘海はかすかな期待を込めて兄を見る。

  が、 朔巳は笑って首を振った。

 「友達のタイプが違うからね。 多谷とは幾つか必修科目のクラスが同じなだけだ。

まともに話したことないよ。」

  嘘だった。

  たった一度だけ、 彼と話したことがある。






  入学式の後、 学科のクラスごとに集まるときに朔巳は一人はぐれてしまい、

オリエンテーション説明会をしている場所がわからなくなってしまった。

  途方に暮れておろおろしている朔巳を見つけたのが彼だった。

  入学式の挨拶を述べた彼は、 その後入学前からの顔見知りだった教授に捕まり、

遅れて教室に向かっていた。

 「おい、 迷ったのか?」

  突然話しかけられ、 びくっと振り返ると、 多谷が憮然とした顔で立っていた。

 「あ、 あの……皆とはぐれてしまって教室が……」

 「お前どこの学科?」

  じろじろと見られ、 小さくなりながら答える朔巳に多谷がそっけなく問う。

 「し、 史学科……」

 「なんだ、 俺と同じか。 来いよ。」

  多谷はそう言うと、 スーツのポケットに手を突っ込んだままくいっと顎をしゃくった。

  そのまま無言で歩き出す。

  朔巳はあわててその背中を追った。

  彼と話したのはその一度きりだった。

  だが、 そのほんの短い出会いの中で、 朔巳はぶっきらぼうだが暖かさを感じさせる

多谷に惹かれてしまったのだ。

  あれから1年半が経った。

  多谷の方は朔巳のことは忘れてしまったのか、 同じ教室の時も朔巳に目を向ける

ことはない。

  朔巳の方から声をかけようにも、 いつも友人達に囲まれている様子に怖気づき、

近づくことが出来ない。

  ずっと彼の背中を見つめ続けているだけだった。






 「そうだ、 兄さん。 俺父さんにノートパソコン買ってもらうんだ。」

  朔巳は弘海の声にはっと物思いから覚める。

 「何? ノート? お前父さんにそんな高いもの……」

 「いいじゃん、 買ってくれるって言ったんだから。 これで兄さんに借りなくても

いつでも多谷さんのところ見れるんだ。」

  嬉しそうに話す弘海にまたかと思う。

  両親は明るく可愛い弟に甘かった。

  甘えてねだられると、 最初は渋っていても結局言うとおりにしてしまう。

  今回も弘海がせがむまま何十万もするパソコンを買うことに頷いたのだろう。

  朔巳はこつこつとバイトで貯めたお金でこのパソコンを買ったというのに。

  こういう時、 朔巳は弟を妬ましく思う。

  どうして自分は弟のように可愛くも社交的でもないのか。

  どうして弟ばかりが……。

  そしてそう思ってしまう自分を自己嫌悪してしまうのだ。

  ふと、 思った。

  多谷ならどうなのだろう。

  もし自分が弘海のような人間だったら、 今でもあの時のことを覚えていてくれた

だろうか。

  今ごろ、 友人にくらいはなっていただろうか。

  その考えはしばらく朔巳の頭から消えなかった。