君が好き

 

 

 

    学祭が終わって数日が過ぎ、 朔巳は自分が弟の言葉に小さな不安を感じた

ことなど忘れかけていた。

  そんなある日曜日、 朔巳がバイトから戻ってくると、 いつもは友達と遊びに

出かけて家にいたためしのない弘海がバタバタと2階から駆け下りてきた。

 「兄さんっ パソコン持ってるでしょ。 貸して貸してっ」

  いきなりの弟の言葉に面食らう朔巳を尻目に、 弘海は早く早くと兄を2階

に急き立てる。

 「なんだよ、 どうしたんだ急に。 お前パソコンなんか興味ないって言ってた

じゃないか。」

 「興味無いよ。 でも見たいサイトがあるんだ。 インターネットつなげられるん

でしょ? 兄さんのパソコン。」

  せかされるままパソコンを立ち上げる。

 「で? 一体どこのサイトなんだ? アドレス知っているのか?」

  ネットに繋げることも知らない弘海に代わり、 キーを操作しながら朔巳は

隣からじっと覗きこむ弘海に問いかけた。

 「うん。 友達に書いてもらった。 ……これ? アドレスっていうの。 これで

分かるの? そこ見れるの?」

  かさかさとポケットから紙片を取り出し、 分からないという顔でそこに

書かれている数字やアルファベットの羅列を見る。

 「貸してみろ。」

  苦笑してその紙片を弟の手から取り上げ、 書かれているアドレスを見る。

  と、

  朔巳の顔がかすかに強張った。

 「……弘海、 これどこから?」

  気付かれないように声の震えを抑えながら聞く。

 「ええ? 友達のつてでさ、 兄さんの大学に通っている人あたってもらって

やっと情報が入ったんだ。」

 「情報?」

 「うん。 実はそのアドレスってさ、 多谷さんのホームページのものなんだよ。

すごいよね。 ホームページ開いてるんだって。」

  知っている。

  大学の仲間から以前多谷がホームページを持っていることを聞きかじった

朔巳は、 それから密かにそのホームページに通っていたのだ。

  掲示板に書くこともなく、 ましてやメールを送ることもできず、 ただ毎日の

ようにサイトを訪れるだけだったが。

  手もとのメモに書かれた見なれたアドレスに、 朔巳は胸がどきどきと

波打つのを感じた。

 「兄さん?」

  じっと紙片を眺めたまま動かない兄に弘海が不審気な声を出す。

  その声にはっと我に返った朔巳は、 取り繕うように弟に笑った。

 「いや、 多谷がサイト開いているなんて知らなかったからびっくりして。

……何のサイトなんだろうな。」

  そう言いながらキーボードに指を走らせる。

 「なんかね、 歴史のことらしいよ。 ほら、 大学で勉強している事のせて

るんだって。」

  弟の話すまでもなく内容はよく知っていた。

  しかし今さら知っていたとも言えず、 朔巳は初めて聞いたような顔で

弟の話に相槌を打つ。

  そうこうしている間に、 画面がシンプルなデザインのものに変わった。

  画面の上の方にそっけない文字で ”歴史に興味のある人へ” と書かれて

いる。

  その下に小さくハンドル名。

 ”ハル”

  下の方に ”発掘現場” や ”身近な歴史” といった項目が書かれていて

ほとんど装飾の無い本当にシンプルなものだ。

 「これ? 多谷さんのホームページって。」

 「そうらしいね。」

 「でも名前違うよ、 ハルって……。」

  初めてホームページなるものを見る弘海は、 ハンドル名を見咎めて首を

かしげる。

 「これはインターネット上で使われるニックネームみたいなものだ。 本名

で出しているやつなんて滅多にいないよ。」

 「ふ〜ん……」

  分かったような分からないような顔で弘海が答える。

  その目はじいっと画面を見つめていた。

 「これ、 どうするの? どこで見るの?」

 「ああ、 マウスでカーソルを見たい場所に持っていくんだ。 そしてその文字

をクリックすると……」

  言いながら実際にマウスを動かし、 ”発掘現場 ” の文字をクリックする。

  すると画面が変わり、 写真が混じったものになった。

 「あっ 多谷さんだっ」

  写真に写る人物に気付いて、 弘海が歓声を上げた。

  そこには夏休みに行なったという発掘現場の状況が丁寧に紹介されて

いた。

  そして朔巳も知る教授とともに写る一人の青年。

  朔巳は目を閉じれば浮かぶほど何度も見た写真の多谷に、 切ない目を

向けた。