君が好き

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   「あの人かっこいいね。」

  そう言って弘海が指差した人物を見て、 朔巳はドキッとした。

  弘海の指の先にいたのは多谷和春、 朔巳がこの大学に入った時から密かに

想いつづけていた相手だった。

 「どこの学部の人だろう。 兄さん知らない?」

  そんな朔巳の想いを知る由もなく、 弟の弘海は無邪気に問い掛けてくる。

 「……同じ史学部の多谷だよ。 ……多谷和春、 俺と同じ2年。」

 「もしかして知り合い?」

  兄の答えに弘海は目を輝かせた。

 「いや。 でも結構大学内で知ってるやつは多いよ。 あいつ目立つから。」

 「そっか、 あんなにルックスよければね。」

  ルックスだけでなく、 頭もいい。

  よく教授達と談笑しているところを見かけるし、 聞くところによれば、 教授の研究

の手伝いをしているらしい。

  まだ2年だというのに。

  この夏休みに、 教授のお供で新しく出た遺跡の発掘の調査を行なったらしいと

言ったのは誰だったか。

 「誰か紹介してくれる人知らないかなあ。」

  弘海はまだ気になるらしく、 未練がましい目を彼に向けている。

 「もういいだろう、 行くぞ。」

  朔巳はぐずぐずと立ち止まっている弟を、 自分の所属する歴史サークルの出して

いる展示室へと促がした。





  高校2年になる弟弘海が、 いきなり朔巳の大学の学祭に行きたいと言い出した

のは昨晩のことだった。

 「いいだろう? 一度大学の学祭って行ってみたかったんだ。」

  急なことで渋る朔巳にかまわず、 弘海は強引について来てしまった。

  そしてもの珍しそうにまわりを見ている時に彼を見つけたのだ。

  人見知りをする朔巳と違って、 弟は社交的な性格でどんな相手ともすぐに仲良く

なってしまう。

  愛らしく華やかな容貌もそれを助ける一つになっていた。

  今も彼は会ったばかりのサークル仲間とすぐに打ち解けて楽しそうに笑っている。

  そんな弘海を見ていた朔巳は、 なんだかもやもやと得体の知れない不安が胸の

内に沸き起こってくるのを感じた。





  そしてそんな朔巳の不安は、 数日後現実の形となって現われた。